自転車を組み立てたときの話

 ボクはまず、どの自転車を組み立てるか考えた。

 いままで見たこともない形の自転車がいっぱいあったよ。一番多かったのは前輪のうえくらいにカゴがついてる自転車で、フレームが不思議な形をしてたんだ。


 普通は前輪のうえくらいから直線でサドルの下につながってると思うんだけど、そのカゴ付き自転車はだいたいが深いカーブを描いてもっと低い位置でつながってた。


 ちょっとかっこ悪いような気がしなくもないんだけど、機能的だよね。

 物によっては前カゴの部分と後輪のうえの荷台部分がシートになってるのもあった。子どもを乗せるんだと思うんだけど、それだけ安定してるってことだ。


 ボクは第一候補に青いカゴ付きの自転車を選んだ。

 ほかにはおなじタイプで前が二輪になってる三輪車もあったね。安定感はあるだろうし重たいものも乗せられそうなんだけど、問題は整備性が低いことさ。


 実は街なかにも壊れた自転車があったりするんだけど、三輪車は見たことなかった。


 逆にいえば、壊れたときにそこらの自転車からパーツをもらうこともできないってことになるよね。特に三輪車は二輪になってる側のタイヤの径が小さいし。それに部品点数は少ないほうが信頼できる。だから却下した。


 次の候補は電動機自転車――なんだけど、却下さ。

 時嵐の影響なのか、どれもモーターやバッテリーが死んでたんだ。なかには持ち去られていたのもあったけどね。


 実は自転車より前に、車やバイクをつかおうとも思ったんだ。

 でも完全に無事な状態な車やバイクがまず見つからないし、新しい車はエンジンブロックが複雑すぎた。ボンネットを開けてもどこが壊れてるのかさっぱりわからなかったよ。


 ボクだって本や雑誌で最低限のことくらいは勉強したんだ。でも学べるのは古い車やバイクのおおまかな知識ばっかり。それにほら、またアレが邪魔をする。


 車やバイクを動かすには鍵が必要で、いくら借りるだけだっていっても直結して動かせば盗んだような気分になっちゃう。周りが静かだから余計にね。


 まぁ、直結しても電気系統が死んでるからダメなんだろうけど、それ以前に動かないモーターとバッテリーは信じられないくらい重たいから探索向きじゃない。


 それから競技用の自転車もいくつかあった。でもロードレーサー系は無理でしょ? 道路がガタガタだからね。そういう意味ではツーリングバイクもありかなって思ったんだけど、こっちは数が少なくてパーツが足りなそうだった。


 ……そういうこと。

 けっきょく、選択肢は多くても選べるのはひとつだけ。

 ほんとに変な名前だよね。

 ママチャリっていうんだって。


 フレームは最初に選んだ青いカゴ付きのやつだよ。青が好きだから一目惚れって感じ。でもタイヤが細くて心配だったから、これは泥除けと一緒にマウンテンバイクからもらうことにした。それからカゴ。前カゴはいいんだけどうしろの荷台だけだと足りないから、昔みたバイクを参考に、ほかの棚から長方形のカゴをふたつもらってきて後輪を挟むように取り付けた。


 あとハンドルね。ママチャリはサドルの角度が高いから背筋が立つんだ。当然ドロップハンドルはつかえない。窮屈になっちゃう。だから、内側に絞ったやつをほかの自転車からもらってきて塗装し直すことに決めた。


 それからそれから、もうひとつ。

 ボクは後輪でカゴを挟む形の三輪車を一台もらうことにして、これを牽引タイプに加工することにしたんだ。それならたくさん荷物を運べるしね。


 銀座まではたった四十キロだけど、されど四十キロだ。なにが起こるかわからない。必要なものはいっぱいあるんだ。


 そして、そのぜんぶ――とはいわないけれど、多くのものが揃ってた。

 ボクはお店の名前を理解したよ。


「スーパー万歳! お家!」


 意味はよくわからないけど、やっぱりなんだか元気になるよね。

 ボクはほとんど丸二日をかけていろいろなものをスーパービバホームから回収して、パパのガレージに集めた。改造開始だ。


 ――といっても、ボクは溶接なんてできないし、そのための道具もなかった。

 すごく地道な作業だったよ。

 外は久しぶりに雨が降ってた。ほかに物音がないから気になってしかたないし、ボクは音楽をかけた。本当に久しぶりに、ボクの暮らしてた世界の音楽をね。


 曲の名前は秘密だよ。秘密って名前じゃないよ? 教えられないって意味。なんかちょっと恥ずかしいからね。


 好きな音楽の話って、誰かに話すの少しだけ勇気がいるよね。嫌いっていわれたらどうしようかとか、聞いてもいない解説をされたらどうしようとか、最悪は笑われたりとか。


 ボクの音楽の趣味は……どうなんだろう? 

 子どもっぽいっていわれたことはあったと思う。それからは人に聞かれないように注意するようになった。はじめは仲のよかった子に、まだそんなの聞いてるのかっていわれたりね。思い出すと悲しくなる。雨を思い出したからかも。


 雨もちょっと悲しいっていうか、残念な気持ちになるからね。どうせ家をでないのにさ。


 ボクはママチャリ二台とマウンテンバイクを二台、それから三輪車一台をつかって、ボク専用の自転車をつくった。ふたつを合わせてひとつにするのがニコイチだから、ゴコイチだ。


 簡単な設計図を書いたり、どこのなにをもらったかメモしたり、それから金鋸で三輪車のフレームを切ったり、ドリルで穴を開けたり――楽しかったよ。前カゴにカバーをつけて、金属プレートで作った金鶏のロゴを接着したりね。パイプフレームのところにも青く塗った補強用のカバーを巻きつけて、黄色のスプレーでキンケイブランドって入れた。


 寝る間を惜しんでっていいたいところだけど、そこだけは注意してたかな。

 なにしろ薬はあってもお医者さんがいない世界だからね。ドラッグストアを見つけるのは簡単でも、手に入れられた薬がどんな効果をもつのか理解するのは難しい。ボクの拙い調理技術で銀座カリーパンを再現するようなものさ。つまり無理ってこと。


 わかったのは、総合感冒薬とか頭痛薬とか、あとは目薬とかくらいだね。パッケージを見れば文字が読めなくてもだいたいの効果がわかるからなんだけど。


 とはいえ、ボクも薬のアレルギーがあるかもしれないしさ、それがなにかを知ろうとすると大変なことになったよ。まず語呂合わせみたいな薬の名前を解読して、成分を書き留めて、それからどんな効果を持つのか調べるんだ。


 一種類調べるだけでも頭痛薬と睡眠薬が欲しくなるくらいだったよ。

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