変震と時嵐の話

 ボクは変震と時嵐に等級をつくった。変化の具合がちがうからね。前にもいったように変震はかならず時嵐をともなうんだけど、変震の規模にはかなりの差異があった。


 家が潰れそうなくらい揺れたら一級だよ。実際に、ボクの家以外は潰れた。家の目の前に高層のマンションが立ったこともあるんだけど、一級は楽々とへし折るんだ。ボクの家のほうに倒れてこなくてよかったよ。本当に。


 一級ではあらゆる建物が崩れる。ボクの見た限りではね。五十階以上あるタワーがあっさり崩れてしまったし、見上げるばかりの巨大な施設もぺちゃんこなった。そして時嵐がすべてをつくりなおす。スクラップアンドビルドだね。


 当事者にしてみれば、まったく笑えないんだけどさ。


 二級変震だともう少しマシになる。高層建築とか巨大建築は残る場合が多い。道の形は変わっちゃうけどね。どうも道や住所が変わるようなときほど変震も強くなるみたいなんだ。三級だと民家だけ。スーパーとかショッピングモールくらいの大きさがあると生き残る。

 

 四級はどうなるかというと、なにかが変わったんだろうなってくらいの感じ。

 時嵐の強さも等級に応じてちがうんだけど、ボクが名付けただけだし、実際はもっとグラデーションがあって、変化量もちがうのかもしれないね。


 たしかめるには近場の家の写真を撮りまくるとかしないとダメかな。ボクにはそこまでの気力はなかったよ。最低限のことがわかればよかった。


 なぜかといえば、ボクの意識は東京の銀座に向かっていたから。

 袋の右端に、アルファベットでトラデイショナルテイストって書いてあるんだ。日本語に直すと伝統的な味かな? つまり、銀座カリーパンは歴史を持ってる。裏面を読み込むと明治の金鶏印、銀座カリーがって書いてある。


 ボクは最初、明治時代からつづいてる会社の話なんだと思った。歴史の教科書も少しずつ読めるようになってたからね。銀座には銀座カリーって会社があるんだと思ってた。それは大きな問題じゃない。ちょっとした笑い話ではあるけどね。


 それより大事なのは、ボクに目的ができたこと。

 東京の、銀座とかいう場所に行ってみたい。

 ボクは頭のなかに銀座を思い描いて日々を過ごした。


 老舗のカレー屋さんがあって、そこのカレーをつかっているってくらいだから、カレーの激戦区なんだろうな。ってことは、きっと街中に美味しいカレーの匂いがしてるんだ。袋詰のパンを作ってるくらいだから大きな工場なんかもあるのかもしれない。


 いや、もしかしたら、このカレーパンという食べ物の味を競っていたりするのかも? あるいは、銀座カリーっていう大きなレストランがあって、街で暮らす人たちはお腹が空くとそこに行くのかもしれない。実は銀座にあるカレーは銀座カリーだけで、街じゅうのパン屋さんにカレーを卸してたりとか。


 想像するだけでワクワクしたよ。いまだって目を瞑れば夢の銀座が出てくる。

 もちろん、わかってるよ。

 現実はきっとそんな場所じゃない。手に入れた観光ガイドのおかげで雰囲気は掴めてる。けどそんなつまらない現実に興味はなかったんだ。


 窓の外を見れば瓦礫の山だ。延々と延々と延々と、かつてそこに人がいたんだろうとわかるくらいの世界が広がってる。毎日毎日、日持ちの良さそうな食べ物を探して彷徨きまわる。そうしているうちに――どれくらいだったかな? 


 変震や時嵐について、誰に見せるでもないレポートを書きはじめたころだったと思う。


 だから――たぶん、最低でも二ヶ月は経ってたはずさ。


「緯度と、経度……」


 夜、机に向かってレポートをまとめていたとき、ボクはふと呟いた。世界についてまとめなきゃいけないことは多かったから、忘れてたんだろうね。


 いや、もしかしたら、気づきたくなかったのかもしれない。

 そういうときってあるんだ。たとえば、ボクが入ったことで瓦礫が崩れたときとかね。これまで何度もあったけど、なにかいたためしはない。でも、とりあえず懐中電灯を音のした方向に向けて、ベルトに差した拳銃に手を伸ばすんだよ。それから聞く。


「誰かいますかー?」


 返事はない。あるわけない。わかってるくせに認めたくなくてそうしてるんだ。

 おんなじように、ボクはボクの家がどこにあるのか知りたくなかったんだと思うよ。ちょっと考えれば気づけたのに、気づきたくなかったから調べなかったんだ。


 前にもいったとおり、ボクはボクの家の緯度と経度を知っていた。ということは――?


 そう、この地球上のどこにボクの家があって、ボクの家がどこにあるのかもわかるんだ。そしてボクの手元には、日本の学校で貸し出されていたんだろう地図帳がある。


 地図帳にはなにが書かれてる?

 緯度と経度さ。


 ボクには時間が必要だった。覚悟を決める時間がね。机をトーンと突き放して、椅子をクルクル回したよ。倒した背もたれが机にぶつかった。ボクは机から少し離れて、僕の部屋の中心でクルクル回った。天井を見上げながらね。シェードのついた電灯がベッドメリーみたいに見えたよ。知ってるかな? 赤ちゃんのベッドのうえにぶらさげる玩具だよ。そういえば日本ではあまり見たことないかも。


 あのとき、ボクはなにを考えていたんだろう?


 すごくいろいろな悩んで、心配して、不安だったはずだけど、まったく思い出せない。あんがい、そういうものなのかもしれないね。考えたくないことを考えようとしてるから頭のなかで声がしない。声といっても幻聴じゃないよ。ボク自身の声。まぁ、前に考えるとき頭のなかで声をださない人もいるって見たことあるけどね。キミはどうかな?


 ボクはそう、声をだすタイプ。


「ボクは大丈夫。ボクは大丈夫だ。確かめよう。確かめるんだ」


 なんてね。口に出して自分にいい聞かせることもある。それが正しいやりかたなのかは知らないけど。

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