スーパーで買いものしたときの話
ボクは鼻を塞いで店に入ろうとしたけど無理だった。目が痛くなってくるし、えづいちゃうし、戦略的撤退を選ばざるを――なんとかかんとか。
商店街のなかに雑貨屋さんがあったから、そこでなにかつかえそうなものはないか探した。そしたら、たぶん塗装用だと思うんだけど、プラスチックのカバーがついたマスクを見つけた。つけてみると、臭いがだいぶマシになった。
おなじお店にプラスチックのゴーグルもあったんだ。メガネみたいなのじゃなくて、目のうえとか横まで塞ぐやつだよ。ほかにもいろいろ変なのがあったから、ボクは片っ端からリュックサックに入れた。
お店を出て、ボクは看板に驚いたよ。
百円って書いてあったんだ。円は読めなかったけど、数字は読める。百がどれくらいの数字なのかわからなくても、看板の横には硬貨の絵があった。
わざわざ絵にしておくくらいの、硬貨で取引できるくらいの値段だってことでしょ?
ボクは日本っていう土地に感心した。もしかしたら、ボクの暮らしていた土地よりも豊かなのかもしれないって。ボクは持ってかえったあれこれを家のガレージにぶちまけた。そのころにはガレージも賑やかになってたな。それからスーパーに戻った。
道なりで往復一時間くらいだ。ボクはマスクをして店内に入った。
本当に小さなスーパーだったよ。数えようと思えば棚の数を数え切れたと思う。棚に残ってる商品はまばらで、生鮮食品とか冷凍食品は全滅だね。でも、ボクはひとりぼっちだから、とにかくいっぱい持ってかえれば、それだけ食料に頭を悩ませなくてすむ。
ボクはまずショッピングカートを探した。カゴはあったし、壊れたタイヤも転がっていたから絶対にあると思ったんだ。
「あった!」
って、見つけたときは叫んじゃったよ。嬉しすぎて。何台かかお店のすみにまとめて置かれてた。倒れてたのもあるけどね。みんなカゴがちょっとひしゃげてて、タイヤが取れてるのもあった。ボクはできるだけ状態がいいのをふたつ選んで、ひとつを店の入口に置いて、もうひとつを押して店内を回りはじめた。
優先順位を決めて無事なものから詰め込んでいくんだ。
まず缶詰。次に瓶詰め、それから箱に入ったもので、ビニールの袋に入っているものって感じかな。なににつかうものかは考えなかった。だから、あとになって調味料がたくさん入ってることに気づいた。
不思議だった。
なんで棚がまばらなんだろうって。
世界が壊れてしまってから誰かがあさったのなら、もっと空っぽになってるはずだ。でもまばらに残っているってことは、世界が壊れてからもしばらくのあいだは人がいて、その人たちが持ち去ったってことになるでしょ? 調味料がのこっていたのはそのせいかもしれない。いま思うとね。でも水さえあればなんとかなるインスタントの食品までけっこう残ってた。
ほんとうに不思議だったよ。
最悪、水がなくったってなんとか食べられるのに。
二階にあがると絆創膏みたいなちょっとした医薬品や、ペットフードや、洗剤に衣料品なんかも残ってて、それから大事な大事なお菓子が大量!
「うわぁ……」
なんて、ため息まで出るくらいだ。お菓子好きな土地なんだろうなって思った。残ってるものだけでも種類がいっぱいあったし見たことないものばかりだもん。まぁ、逆にボクが見たことあるもののほうがめずらしいんだけどね。
ボクはカゴに詰めこめるだけ詰めこんで、下に降ろして、ショッピングカートに移した。カゴは四つあるんだけど、すぐに満杯になったよ。往復するしかない。
お店を出て、重いカートを押しながら荒れた道を歩いていると、急にすごく寂しくなった。
ガラガラ、ゴロゴロ、カートのタイヤの回る音がボクを苦しめるんだ。
思い出すんだ。パパやママと一緒に買物にいったときのこと。
声があって、音があったんだって気づかされた。ボクやパパやママだけじゃない。たくさんの人の気配があったから楽しい思い出だったんだね。
誰もいない街にちょっと歪んだショッピングカートの音が響くと悲しくなるんだ。虚しくなってくるんだよ。どうしても首がさがっちゃって、重たいカートがもっと重くなってきて、でもボクにできることは顔をあげることくらいしかないんだ。
歌を歌おうかとも思った。でもなにも思い浮かばない。
もうやめちゃえ。
そんな声が聴こえてくる気がする。涙が滲んでくるんだ。
ボクは叫んだ。
「あーーーーーーーーーーーーっ!」
ってね。声が街にこだましてもっと悲しくなった。
「負けない。絶対に負けない」
なにと勝負してるのさって感じ。でもボクは呟きながらカートを押して家に帰った。カゴの中身をガレージにぶちまけて、カートを押して走りだした。それまで運動らしい運動なんてしてこなかったから、すぐに息が切れた。
ボクははぁはぁいいながら店に戻って、おなじように詰めこんでいった。
まずは二階に戻って医療品から集めはじめた。
そうだ。歯ブラシとか歯磨き粉なんかもあったよ。それからオムツなんかもいくつか残ってたかな。ボクはそのへんも持ってかえることにしたんだ。なににつかえるかわからないしね。それから雑誌。まだ一文字も読めなかったけど、いつか読めるようになったとき役に立ってくれるかもしれない。
ボクは混乱していて、寂しさと悲しさで限界がきてた。少しでも未来のことを考えないとどうかしそうだった。いや、もうどうかしていたのかもしれない。考えれば考えるほど不安になってくるんだ。
買い物なんて、こんなに楽しいことはほかにないと思ってたくらいなのに、ひとりでやったらただの作業になっちゃった。まわりに人がいなくなってしまうと作業ですらなくなるんだね。
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