第3話 メイドの七つ道具②契約書
採用することにした。
「金銭面について案内してくれたまえ」
「はいっちゃ!こちら契約書だっちゃ」
ラム肉がピンク色のぺら紙を差し出してくる。色が契約書のそれではない。
恐る恐る文面を確認する
===
♡ご主人様とメイドのお約束♡
1,ご主人様(以下、甲とする)は、メイド(以下、乙とする)の住環境を用意するにゃん!電気ガス水道料金も甲の負担にゃん!
2,甲は乙の食費も工面するにゃん!
3,甲が勤務時間以外に乙に命令するのはご法度にゃん!
4,乙は家事に加えて、メイドの七つ道具でご奉仕するにゃん♡お楽しみに♡
5,待遇は以下のとおりとするにゃん!
勤務時間:9:55 - 12:45
給与 :日給3,500円
定休日 :無休
===
「えーと、あなたはこの契約でいいのかね?」
「もちろんっちゃ」
訊かなきゃいけないことがいくつもある。
「年収127万円だけど」
「うっひょーカネモチだっちゃあぁ~」
高校生の価値観だ。
どんな人生を歩んできたら、高校生の価値観のまま45歳になれるのだろう。
「年中無休でいいのかね?」
「もちろんっちゃ、ご奉仕に休日はないっちゃ」
その心意気はいいのだが。
「住居の用意とあるが、今住んでいる家から引っ越すのかね?」
「えーーーっと、ハハハ...
住居ないから即日引っ越しだっちゃ!
部屋空いてるっちゃ?」
「客間はあるが、
えーーーっと、ホームがレスだったのかね?
そしてここに住む気かね?」
「近くでご奉仕するのがメイドの務めだっちゃ!」
深堀したいところだが、プライベートの詮索はやめておくか。
そして今日から私のプライベートはなくなりそうだ。
「勤務時間が中途半端では?」
「9:55までラ〇ィット観たいっちゃ」
「わかった、開始時間はわかった。終了時間は?」
「12:45から朝ドラの再放送を観るっちゃ。一緒に観るっちゃ」
それなら13:00から勤務再開できるだろう。
「契約書の語尾はなぜ『にゃん』なのかね?」
「語尾が気になるっちゃね。
これを飲むと、24時間は語尾の癖が無くなるっちゃ」
ラム肉が緑色の錠剤を取り出す。
「それはもういい。
後は、メイドの七つ道具って何かね?」
「メイドたちが持つ特殊な道具だっちゃ。
これは七つ道具の一つ、『語尾矯正薬』だっちゃ」
「錠剤を七つ道具とすな」
「そしてこれも七つ道具、『契約書』だっちゃ」
「契約書も七つ道具とすな」
「あとは秘密だっちゃ、お楽しみにっちゃ!」
「そもそも、3時間弱で何をしてくれるのかね?」
「ご奉仕♡」
え、嘘、ピンク系のやつ?
「と、とりあえず掃除と昼食をお願いしようかね」
「了解♡」
気味が悪い。
「まあ、いいだろう。契約する。
この紙の最下部にサインを書けばいいのかね?」
「ううん、契約方法は少し変わっているっちゃ」
ラム肉が椅子から立ち上がり、こちらに接近する。
「立って欲しいっちゃ」
彼女の目つきが変わった。仕事人の目だ。
立ち上がると、つま先同士が当たるほど密着してくる。
「ち、近くないかね」
彼女が私の肩に両手をかける。
私は動揺して下を向いてしまう。
「こっちを向いて」
彼女が右手で私の顎をなぞる。
力はないのに抵抗できず、導かれるように顔を上げる。
目の前には、顔面に契約書を張り付けたラム肉の姿が。
「それじゃあ契約するっちゃ!」
言うと同時、私の肩に大きな力が伝わる。
彼女の腕力で引き寄せられ、私はバランス感覚を失う。
前のめりに転びそうになる瞬間、面前にピンクの契約書。
ちゅっ
契約書が唇に当たる。そして確信する。
契約書一枚隔てた向こうには、彼女の唇。
「契約完了だっちゃ♡」
甲のファーストキッスが、乙に奪われたのだった。
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