第2話 メイドの七つ道具①語尾矯正薬
「とりあえず座りたまえ」
「はいだっちゃ!」
お茶を淹れながら思う。
うーん、相変わらず語尾がうざったい。
ラム肉と話すのは小学生ぶりだが、何も変わっていない。
ラム肉という蔑称の原因になった語尾も、だらしない肉体も、それらを何も気にしていないかのような豪快な笑顔も。何も変わっていない。
変わったのは髪型くらいか。
当時は似合わないロングだったが、今は分相応なパンチパーマだ。
45歳小太り高笑いおばさんに、よく似合っている。
褒める場所が1つ見つかったので、口に出してみる。
「その髪型、似合っているな。」
「えー本当っちゃか~?お世辞でも嬉しいっちゃ♪
今日は顔合わせだからいつもより多めに巻いてるんだっちゃ!」
「そうだったっちゃか」
いかん、語尾がうつる。
このままではおじさんとおばさんがアニメキャラの真似をする地獄絵図になる。
心を鬼にして、語尾を直させるしかあるまい。
椅子に座る彼女の前にお茶を出し、向かいの椅子に座る。
こちらをまっすぐ見つめる彼女に、穏やかに声を掛ける。
「専属メイドの件なのだがね」
「うんちゃ!」
「うんちゃはダメだろう。パチンコのように3/4文字がシモを連想させるからね。
『はい』のときは『はいだっちゃ』なのに、
『うん』のときは『うんちゃ』になる理由はあるのかね」
「理由なんてないっちゃ。そういうものだっちゃ。
そもそも、 『うんちゃ』がダメなら『うんだっちゃ』はいいだっちゃか?」
「うんだっちゃもダメだ。踏ん張ってる感じがする」
「つまり、うちの語尾が気になるっちゃね。
専属メイドになるからには、
ご主人様の日々のストレスは少ないほうがいいっちゃ」
そう言いながら、彼女は持参したスポーツバッグを開けだした。
トラ柄だ。絶対ラムちゃんリスペクトだ。
しかし勘違いしていないか?
ラムちゃんのトラ柄は、布面積が少ないからこそビビッドに心を刺激するのだ。
滑らかなで健康的な肌と、荒々しいトラ柄のコントラストが映えるのだ。
対して、お前が持つトラ柄の大きなスポーツバッグ。
趣のかけらもない。荷物詰めすぎてパンパンやないか。
つまり何が言いたいかというと、このトラ柄はエッチじゃない。
エッチじゃないトラ柄はただのトラの柄であり、
肉食動物が発する威圧感を思い起こさせる。
私が恐れ慄いている間に、彼女はバッグからアスパラガスを取り出した。
「これを飲むと、24時間は語尾の癖が無くなるっちゃ」
「そのアスパラガスを飲まないと無くならないのかね?」
「そうだっちゃ。身体に染み付いてるっちゃからね
それとこれはアスパラガスじゃないっちゃガッハッハッハ」
「え、違うのかね?
緑色で細長く、先が尖っている野菜はアスパラガスかと思ったが」
「野菜ではないっちゃ。これは錠剤だっちゃ」
無言で席を立ち、アスパラガスを間近で眺める。
確かに、よく見るとアスパラガスではない。表面がツルツルした無機物だ。
野菜ではないことが分かったが、錠剤?
20センチはあるぞ?
一度席に戻って会話を再開する。
「それを、どうやって飲むのかね」
「ああ、尖っているほうから飲むっちゃ」
「違う、どちらから飲むのかと訊いたのではない
...もしかして、丸呑みする気かね。その長さの錠剤を」
「うんちゃ。初めてではないから大丈夫っちゃよ。見ててちゃ」
彼女が顔面を真上に向ける。口を大きく開く。
口と首の線が直線でつながる。
右手に持つアスパラ錠剤を口の上に持ち上げ、
尖った方の先端を口の中にゆっくりと入れていく。
半分ほど入った。
まさか本当に丸呑みするとは、化け物だな。
と思った矢先、
「あっ♡」
セクシーボイスが聞こえてきた。
まさか目の前のおばさんの声じゃないよな。絶対に信じない。
「あっあっあっ♡」
「おいおい...」
人はパニックになると、意味のある言葉が発せないものだ。
おいおい、しか言葉が出てこない。
「ああっ♡んんーっっっ♡おおっ♡イイッ...ん♡」
「バリエーションが豊富なことで」
人は更にパニックになると、逆に冷静なコメントができるものだ。
そして、さすがに止めたほうがいいことも理解できる。
「止めたまえ。語尾は一旦そのままでいい」
「んっ♡...ほんろう?」
とろんとした目でこっちを見るな。
「ああ、本当だ」
「わあったっちゃ」
そういうと、残りの半分を咀嚼して食べだした。
「え、どういうこと?噛んでいいやつなのかね?」
「もちろん人体に害はないっちゃ。
噛まずに胃に届けないと薬の効果はないっちゃけどね」
...
何故薬が20センチの錠剤なのか
何故途中であきらめた時に吐き出さずに噛んで飲んだのか
何故飲むときにエロくなるのか
訊きたいのはやまやまだが、私は学習する人間だ。
「そういうものか」
「そういうものだっちゃ!」
彼女の笑顔は相変わらず豪快だった。
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