第25話.嬉しい知らせは突然に
みんなが唖然として、それからいきなり笑い出す。横のウィルが脇腹に肘を入れてくる。キーファが目を細めて笑って、「おめでとう」と言ってくる。マーレンだけが呆然として固まっている。
「なんだよ、いきなり公開かよ」
「なんか、そうなった」
ウィルが頭を抱え込んできて、髪を掻きまわす。こいつ、師団の新人訓練で一回り以上身体がデカくなって、マジで力半端ねー。
笑いながら逃げようとして、ミカエルの顔を見たら、顔を固まらせていた。
「なんだよ」
「いや、目の前で浮気されたら、心穏やかじゃない」
「なんだよ。お前こそこっちのガタイいい方が好み――」
と言いかけたら、ミカエルの顔は強張るし、ウィルが顔をギョッとさせて飛びのく。なんだよ。
そして、黙っていたセンセが、いきなり姿勢を正して向き直る。何か言いたそうな顔に、チャスも真顔になる。
「――おめでとう、チャス。おめでとうございます、アンジェロ中佐」
「いや、軍はもう退役したので」
そうですよね、とセンセは穏やかに微笑んだ。それにアレッとチャスは首を傾げた。
「チャス、またお祝いは別の機会にさせてくれ」
キーファがかしこまって言う。なんだよ、ここでいいじゃん。
「そうだ、このような、とは言っては失礼だが、もう一度聞かせてくれ」
「んだよ、もう二度と言わねーし」
キーファとミカエルに勘弁してくれ、とチャスは首をふる。
「チャスを。彼の保護者ではありませんし、私が言う事ではありませんが、教師をしていました。優しいし、気も利きます。ただ少し――危うい時もあります。よろしくお願いします」
「なんだよ、センセの方が危ういじゃん」
「わかりました。幸せにします」
「って、俺の言うこと無視すんな」
センセとミカエルが深々と頭を下げ合って、何だよこれ!
「俺達からも、大事な友人なので、よろしくお願いします」
キーファが言って、ウィルが相変わらず笑って、何だよこれ。大事とか言われて――すっげ、困る。
なんかさ、俺、抱え込んでたなーと思う。ちょっと嫁に行く娘? とは違うけど、主役になるなんて今までなくて困る。
突如、マーレンがチャスを見てくる。
「――祝いは、何がいい」
「は?」
「お前は、友人だ。俺は国王だから色々通さなきゃいけないかもしれない。けどお前は友人だ。だから、その、私的に何か贈りたい。――言え」
なんかつながってないけど、いつものこと、これでよく王座取れたな。魔法師団の後押しと宮廷魔法師のセンセと、マーレンの強烈な母親の力があったみたい。
ただバルディアってまだ同性婚認めてない。そういえばグレイスランドに籍を置いてる自分はどうなんだっけ?
首をかしげるけど、マーレンは気にしていないし、今聞かれてるのはプレゼント。
……わからない。
「気持ちだけでいーよ」
「そうもいかん!」
「じゃ、アンタも……祝って――」
――くれたのか? 賛成?
「ま。友達として? 喜んでくれた? それでいいよ」
マーレンが詰まってる。いつも自分の感情を表現するのが苦手なのは自分と同じ。
「マーレン、チャスもゆっくり考えたいだろうし。俺達にもアンジェラ氏と相談して教えてくれ」
またキーファが助けてくれる。ミカエルを見上げるとそうしよう、と頷くのを見て、何となく頼もしく思えた。これまでだったら面倒で、それが正解かわかんなくて決められなかったことが、自分の意見を考えて聞いてくれる相棒ができた感じ。
そしてようやくお祝いムードから離れてみると、そわそわしているセンセを見て再度話をふる。ちょっと自分から目を逸らさせたくて、話題転換。
ただこの人、自身に厳しくて、時々斜めな発言するからな。
「センセ、言いたいことあるなら言えば?」
「――いえ。こんな時に唐突ですが。あの、かねてからお願いがありまして。実はその――アンジェラ氏の昔の映像をみまして」
「ミカエルでいいですよ」
とりあえずチャスはコークハイを煽る。ウィルはハイボールを追加している。ミカエルはビール。キーファはセンセを送るんだろうな、ウーロン茶。
「――ミカエル氏は白兵戦がお得意だったと聞きました。私に一度、訓練をつけてくれませんか?」
あーあ、というウィルの呟きが聞こえる。やっぱ斜め上だ。ミカエルも虚をつかれた表情だ。ミカエルは色仕掛けされてばかりなのに、女に訓練を付けてくれと言われたのは初めてじゃないか?
ちょっと安心した、センセらしいと言えばそうだけど。
センセがミカエルをホイホイしちゃうんじゃないかと、ちょっと心配してたのは馬鹿みたいだ、ってもこの意外性がひきつけちゃうのかも。
ていうかさ。
「いや、さすがに、それは今は避けさせて頂きたい」
「――ですよね。申し訳ありません」
センセも無理なことを言ったと大人しく引き下がるけどさ。それってたぶんさ。
「てか、さ。センセ、妊娠してんじゃん。そりゃミカエルだって避けるよ」
チャスが、焼き鳥の串を口に咥え引きながら言うと、また場が静まった。
「チャス!」
ミカエルが、チャスを嗜める。
「プライベートなことを軽々しく言うな」
窘められて驚く。
「だって、こいつら聞いてない……の?」
さすがに自分だって最初には漏らさない、けど、ウィルとキーファの蒼白な顔を見ると、あれ、聞いてなかったんだ、って思う。マーレンなんて卒倒しそうだ。次に泣きそうな顔して、この部屋から泣いて去りたいけど、人がいっぱいで出たいけど、出れないって顔してる。
自分とミカエルは妖精と獣で、匂いでわかったケド。だって、“個室指定”で酒頼まない“とか、って。そうじゃなくて、キーファはいつも気を利かせてたか。
「チャスが失礼した。体調はいかがでしょうか」
ていうか、なんか俺のことをお前が謝んなよ。でも、こういうのが大事なのかもな。俺、迂闊だし。
「まだ七、八週目ぐらいなので。ようやくわかったし、まだつわりもないので」
「おめでとうございます。大事になさってください」
「ありがとうございます」
そして先生は周りを見渡す。
「あのね、気をつかわないで」
「えーと、いやあの……おめでと」
「おめでとうございます……そう、ですか」
なんだ、こいつら、ホントに落ち込んでる。まあ落ち込むか。
でも結婚したら、既に人妻だ。手をだしたらやばいのに。子供できたら、違うモノ?
「センセ。おめでと」
「ありがとう。今日は、チャスが主役なのにね」
「そんな集まりじゃなかったし……誰がどうなったって、がなくてもいいんじゃん」
そう言いかけて、ふと、ちらり、と胸の中を風が吹き抜けた。
「――あ、そだ。ここで言っとくけど。俺、子供できねーから」
と、中途半端にチャスが言えば、なんのこと、という気配にみんなが押し黙る。チャスはつくねに溶いた卵黄を漬けて、口に運んだ。
「チャス?」
こういう時に、無視して食べてる奴らじゃないんだよな。キーファに問われて、チャスは顔をあげた。
今は里子制度も充実してるし、どっちかの精子から他人の卵子提供を受けて子供を作ることもできる。
でも男同士だから無理なのはわかってる。それを今なぜここで、とキーファが問いかけてきた。
*本編の長編・短編との時間軸はあまり気にしないで下さいませ。リディアどの話の合間に妊娠したの?とか。私も曖昧にしてます。一応21歳で妊娠。22歳で出産カナ。(若い!)
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