第24話.neverending promise

 ――待ち合わせは店の中だった。東方の国の料理――和食と呼ばれるもの。

チェーン店じゃない創作料理。上品なわりにカジュアルな値段と店構えで、さすがキーファが選んだだけあるよなって感じの静かだけど、かしこまらないでいい店の個室だった。


 チャスが先に、後ろからミカエルがついて来て、ふすまをあけたらキーファとウィル、それからマーレン。大学の同期の三人がいた。

 最初の二人は既に話し込んでいて、マーレンはなんかメニューを眺めてて、二人はチャス達に気づいて軽く手を上げつつ、ミカエルに驚いた気配がした。


 ミカエルのことは、今回の調整をしてくれたキーファに名前と連れて行くとだけ伝えていた。どんな関係かも言ってない。

 ただ有名人だからどんな人物かはわかってるだろう、自分がアンジェログループに勤めているのも知ってる。

 なんでその有名人を連れていくのかは不明だったと思うけど、わかったとだけ言ってた。


 キーファは余計なことを言わないし、邪推もしない。頭はいいし、人を見抜くけど悪くも言わない。昔から雰囲気も話しぶりも落ち着いていて成績優秀、かといって偉ぶらない、ただし怒らせたら怖い、って性格。


 向かい合うウィルは会話も上手で顔もいいし女子にモテてたけど、頭はいいのに魔法が発現できなくて、その辺のコンプレックスを隠してた奴。チャラそうに見えても、実力主義ですっげー努力するし、信用できる奴。


 マーレンは、呼び捨てにしちゃいけない自分の自国バルディアの王様。

 最近即位したばかりで国内が安定してないのに、よく来たなって思った。その理由はこないだの巨大企業、ベイリーサクセスとの揉め事の解決、プラス、たぶん――わかる気がした。


「チャス、久しぶり」

「久しぶり」

「ども」


 マーレンを除く二人とチャスは軽く挨拶する。


 同級生だった王様は一番奥でチャスを見て眉を寄せて難しい顔を逸らす。たぶん何らかの手段で、自分が妖精王の不義の子だと聞いたみたい。

 

 立場としては互いにビミョー。


 妖精王は全ての妖精を統べる。マーレンは妖精ではないけどエルフだ。エルフは妖精の種だし、ま、親戚つーか、違う部族って考えればいいか。チャスにはよくわからない。


 チャスはマーレンの国、バルディアの市民だ。だからまあマーレンの方が立場が上。でも、種としてはチャスの方が上なのかもしんない。


 上座かみざを譲ったほうがいいのか迷っている顔に、チャスは気にせずミカエルとともに部屋に入る。個室だけど、結構広くてミカエルが入ってもまだスペースがある。迷うのはマーレンとの席争いよりミカエルがどこに座るか。

 一応連れてきた身として気をつかいミカエルに指示する。


「ミカエル、どっちでもいーよ」

「失礼する、じゃあこちらで」

 

 ミカエルと向かい合わせに座ったところで、マーレンが気難しい顔でこっちを見てくる。


「――チャス。お前……妖精王の……」


 ようやく振り絞った、という感じのマーレンをちらりとチャスは見た。首を傾げる。


「今、バルディア抜けて大丈夫なの?」

「あ、ああ。明日には帰る」

「そ。よかった」


「――そうじゃなくて。お前は妖精王、オーベロン陛下の子だと聞いた」


 マーレンはようやく口にして顔を赤くしている。ウィルもキーファも何も言わないから、どっかで聞いたみたいだ。でも別にどーでもいいし。


「そ。でも、生まれた時からそーだし、なんもかわんね」


 だから何かの事実が変わったわけじゃない。変わったのは、マーレンの自分を見る目。


 ――言葉を呑み込むマーレンにさすがに不足かとチャスはつけ足した。


「こないだの、ベイリーサクセス企業のこと、センセ達と片付けてくれたんだろ。サンキュ」

「ああ、あ」

「――チャス。マーレンが困ってる」


 キーファが助け船をだす。


 今まで庶民だった自分が、実は自分達が属する世界の王の庶子と聞いたら、そりゃ微妙だけど、何かが変わるわけじゃないし。意地悪してるわけじゃない。コイツも悪い奴じゃない、うまく言葉にできなくて困ってるだけ。


「あのさ。何も変わんない。――話はここで終わり」


 マーレンは砂を噛んだような顔をして、ウィルとキーファは苦笑いをして、初対面のミカエルはマーレンの長い耳とその腕の国王の印の金環で事情がわかったみたいだ。黙って口を挟まず聞いていた。


 ようやくマーレンを黙らせたところで、急いで来る足音がした。板張りの廊下に響くぺたぺたした足音、たぶんこれセンセだな。男より軽いし、ストッキングだと床に張り付く音がする。


 ついでふすまが開く音。案内されたみたいで、仲居が退出すると全員が、こないだ会ったばかりのセンセを振り仰いでいた。


「ええと、遅れてごめんね。それから呼んでくれてありがとう」

「遅れてませんよ。来てくれてありがとうございます」


 センセの言葉に、今回店選びと調整をしてくれたキーファが一番に返事をする。そうじゃなくてもたぶん、キーファは真っ先に返事をしただろう。


 律儀だし、場の空気を調整するのがうまい。 


 自分はこういうことをしないから、キーファに任せている。


 今回は同窓会と言いつつも、仲の良かったメンツだけ。もう一人バーナビーという昼に弱い友達もいたけれど、連絡がつかなかったと聞いた。


 地下世界に住んでるし、大半を眠ってすごす魔族の血も入ってるらしいから仕方ないかと思う。必要な時には会えるだろうし。


 で、ウィルは魔法師団に入って、新人訓練から帰って来たばかりらしい。日に焼けたし、身体が一回り大きくなってる。チャラさを装ってたけど、それも抜けてちょっと自信が垣間見えてる。

 キーファは魔法師団に協力し、魔法師協会でも仕事をして多方面で注目されている。でも、全然そんなことを偉ぶらない。学生の時とフツーの態度。

 むしろ大学院に進んでいるから、『未だ学生気分が抜けない』と自分のことを微苦笑していた。


 今回、センセを呼ぶかキーファに聞かれた時、自分は『どっちでもいい』と答えた。生徒同士の集まりだし、呼ばないのがフツーかも。


 でもセンセは魔法が使えない自分達を苦労してここまで育ててくれたし、ウィルもキーファもついでにマーレンもセンセが好きらしいし、あと、こないだの電話のお礼もしてないから、会ってもイイかなって思ってた。


 で、キーファは呼んだみたいだ。何となくセンセは遠慮しそうだな、と思ったけどキーファが説き伏せると思ってた。


 案の定、全員に振り返られてちょっとためらいがちな雰囲気を感じる「私来てよかったの?」と誰かに聞くように目を動かしてる。


 俺に目線で聞いてこないのはさすがだな。俺、聞かれても、何も答えないし。


 そんな場で真っ先に挨拶したのはミカエルだった。初登場の人物に、ふつーは連れてきた自分が率先してみんなに紹介するのに、しない性格をわかってるからだろう。


「初めまして。ミカエル・アンジェロです。それからハーネストさん。先日は、うちの揉め事で師団に協力を頂きまして、ありがとうございます」

「改めまして。先日はご挨拶が十分にできなくて申し訳ありませんでした。その後、お怪我はいかがですか?」

「おかげさまで。もう問題ありません」


 ミカエルも立ちセンセも立ったままで、二人で握手をする。それをフーンと眺めていたけど、ミカエルがこちらを振り返る。センセもこっちを見る。みんなに注目されて、あっそうか、と思った。さすがに連れてきた理由と自分との関係、これは自分で言わなきゃだめか。


 でも立ち上がらない。このまま自分も立ったら、狭い部屋が変な感じになる。


「えっと。今言った通りこっちミカエル。わかってると思うけど、偉い人。んで、俺の彼氏」


 えっ、という気配がした。私的な場に連れてくるのは、まあパートナーという事はありうる。俺らの中ではなかったけど。


 何しろこの三人、センセに未だに惚れてるし。


 どちらかと言えばミカエルを連れてくるのは、戦闘とか仕事とか何らかの紹介、と思ってたりしてたんじゃないかな。


 もしかしたらセンセは気づいていたのかもしんないけど。


 みんなの顔が何か言う前に、急いで付け加える。


「んで、俺の婚約者」


 一番驚いたのは、ミカエルだった。


「ほんとか、チャス!」


 他の奴らほっといて、迫ってくんなよ。


「アンタ、申し込んでたじゃん」

「そうだが、本気で受けてくれるのか」

「だから、今返事した」



*neverending promise 永遠の約束

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