第22話.月のない夜に

「だからチャス!」

「んで、落ち着いたら……戻ってくる。アンタのとこに」


 驚く顔に笑う。少し片頬をあげて、昔みたいに人を食った会話ができるようになったのを嬉しく思う。


 自分が戻れる場所がある、それはとても幸せだとセンセが言った。また目じりに涙が浮かんで、チャスは鼻をすすった。


「もしアンタが待ってたら、――その時は帰ってくる」


 覗き込んだミカエルが右目の涙をぬぐってくる。なんだよ、泣くとか、俺おかしくね?


「――待つ、待つが、それはどのくらいだ。妖精界は時間が経たないと聞いたが本当か?」


 迷う。その時もあるけど、そうじゃないみたい。下手すりゃあっちでは一時間でもこっちでは十年の場合もあるようだし。妖精王がカッコよかった時に母親は出会ったのに、その数年であんなになったという事はどういうこと? 妖精界では相当な時間が経ったようだし。


「わかんね」


「行かせないと言ったら」

「……わかんね。妖精嫌いですぐ戻ってくるかもしんないし、妖精になりゃ記憶失くすかも。あんなおっさん妖精王みたいになってくるかも」

「全部仮定だ」


 大きくため息をついて納得がいかないっていうミカエル。ってか、どいてくんねーかな。


「行かせるわけにはいかないな」


 ズボンに手をかけられて焦る。コイツ、獣だな!


「――だから、力の制御ぐらいは教えてくれるってさ、女王が」


 既に連絡してみたらそう言われた。驚くミカエルのその顔に笑う。


「――アンタも来てもいいってさ」

「それは親公認の付き合いと――」

「じゃ、ないっだろ! あっちは自然に近いしアンタ獣だし、息抜きにって――」


 残念そうな顔にチャスは笑う。いつの間にか、顔が笑えるようになってきた。コイツ、ガッカリとかしょんぼりとか、見た目がわかりやすい。


 妖精たちは、雌雄はあまり気にならないらしい。なんかミカエルのことも相談してみたら、女王に言われた。「嫌じゃないなら付き合ってみたらどうじゃ」と。


 拍子抜けするぐらい淡々と。


 ――それは言わないけど。


 てか、この格好危うくね? てか、こいつその気になってね?


「俺、女の子をじゃなきゃ嫌だったけど。女の子としたことねーし、アンタが俺がなんでいいのかもわかんね。けどさ」


 そわそわしている気配を抑えている獣に、ちょっっとはやったかなって思う。


「俺、人に大事にされたことねーよ。だから他人を大事にできないかも、て思う。妖精は情薄いし。感情あんなんだし。だからアンタを大事にできない、かも」

「その分、俺が大事にすればいいだろう」


 ホント、ため息しかない。重過ぎね?


「今だけでもこんなに好きって言ってくれるヤツはいないし。ま、男の好きは、すぐに移り冷めるけど」


 そんなのお互い様だろ、て思う。


「冷めない。獣は一途だし家族を大事にする」

「わかったって」


 そう言って、チャスはためらいつつ口にする。


「あのさ、すっげー馬鹿な質問だけど」


 たぶん、これって女の子が好きな相手に聞くものだよな。


「俺のことなんで……」


 好きなの、って聞きかけたら先制して言われた。


「消えそうだと思った。それから食べさせてやらないといけないと」

「なんだ、そりゃ」

「性格上だな。食べさせて肥えさせてやらなきゃ死ぬ、と思った。したら、構いまくらないと」


 少し間をおかれる。


「――親からの遺伝なんて半分以下だ」

「は?」

「俺のこの構いたがりは、どこから来たと思う。親からの遺伝か?」

「……環境じゃねーの。もしくはもともとの性格?」


 そう答えて気づく。


「もともとの気質はあるが、性格形成は環境もある。でもうちの親は子にも従業員にも優しくはなかった。一方俺は、軍では構いたがりで面倒がられたかもな」

「……」

「獣は家族を守りぬく。どうせならその愛情を全部お前に捧げたい、だから俺に甘えてみたらどうだ、お試しでもいいから」


 チャスは、口を引き結んでそれから息をついた。


「重い」

「任せろ」

「いや、重いって。遊び相手ぐらいにしとけ」

「遊び相手じゃない。一生の相手だ」

「俺、構われるの苦手だし、逃げたがるし、誤魔化すぞ」

「全部やってみればいい。追いかける」


「はっきり言うし、色気もないし、女役やらないし、金もねーぞ」

「構わない」

「――めんどくせーぞ。たぶん」


 そう言って気づく。コイツんほうがメンドイじゃん。重い。


「大歓迎だ。そういう奴のほうが楽しい」


 ただし、とミカエルは言う。


「食べること、眠ること、それから『辛い時は言う事』、それには干渉するからな」

「……」


 やっぱメンドイ。構われ過ぎそう。俺そうなったらどうなんの? 

 構われて。――こいつがいなきゃどうしようもなくなったら?


「お前が、いなきゃ、ダメになったら……」

「俺にべた惚れって奴だな」

「ちがう、ちがう! んなんじゃねー」


 そんなん、コイツにいいようにされちゃうじゃん。


「惚れさせる自信はある。というか、好きになってきてないか?」

「………ない、と思う」


 何かこう、歯切れが悪いというか、言い返しにくい。違う、言い返さないといいようにされる。


「なにか条件はあるか?」

 

 必死に考える。


「なら俺もいうぞ。――勝手に手だすな。俺がいいってからだ」


 絞り出すように、悔し紛れに言う。ていうか、俺もう許してないか? なんでこうなったんだ?


「いいのか!」

「お前、食いつきよすぎ! 俺が言うまでダメ。何もかも俺が許可だしてから!」


 ミカエルが口を開く前に被せる。


「妖精界でもいちゃつくなよ、興奮すんなよ、追い出されるかんな。アンタは我慢を覚えろ」


 チャスはミカエルの上をめがけて指さす。


「俺がいいって、言ってからだかんな」


 あれ? これって許可だしたの? してもいいって言ったの? 


 ていうか、押し倒されてて、どうすんの? コレどーすんの?


「――今は、どうすればいい? いつまでお預けなのか?」


 お前、押し倒してんじゃん。俺、押し倒されてんじゃん。

 迷いチャスは上の太い首に手を回す。眉を下げて、お預けされて悲しそうな顔に吹きだしそうになる。


 腹筋の要領で顔をあげて――試しに唇を重ねてみた。


 驚いた顔がすぐにマジになって、強く頭を押さえつけてくる。舌が入ってきて、チャスは眉をひそめた。


 なんか違う。てか苦しい!


 背中を叩く、まだ離れない。しかも、シャツの中に手が入って来た。手癖が悪い!


 でもその手を払いのけはしなかった。代わりに背中を拳で一度叩く。それでも離れないからもう一度。


 ようやく離れた口に、大きく深呼吸する。のしかかられてキスされるとマジ苦しい。女の子ってかわいそうだな。


 ……俺もかわいそー、だ。これ、考えないと。


 しつけ、ないと。


「なぜだ、今のはいいって……」

「だから! くるしーんだよ。お前デカいし。容赦ないし。叩いたら離れろよ。それが条件」


「……してきたのは、OKという意味ではないのか?」


 はやりつつもしょんぼりしてる顔に考えてみる。見上げると圧迫感あるな。てか、ミカエルはその気になってて、『待て』とやっぱお預けしてる、俺?


 女の子とのキスはやわらかいなというだけ。時々、唇荒れてる子もいるけど。


 ミカエルは荒れていないから、がさがさじゃない。でも強引で苦しい。舌が大きいから質量もある。


 でも上手、なのか? 下手じゃない、と思う。


「あのさ」


 はやく言えってうずうずしている顔に苦笑して引く。なんだよ、丸わかり。


「――新月って妖精界からは見られないんだ」


 つまり、誰からものぞき見されないってこと。黙り込んだミカエルがもしかして、と掠れ声をだす。


「――いいのか」


 思わず耳の下を掻く。


「今回はな!」


 つーか。早えよ! 慌ててジャケットを放りだした巨体に声を張り上げる。


「がっつくなよ、けものか!」

けものだ!」


 負けないくらいのスピードで返ってくる。俺、制御できんのか? 間違えてね? 早まってね?


「今回、今回だけな。その次は――また俺がしてもいいって思ってからだぞ」

「わかった、わかった。満足させる」

「わかってねー、わかってねだろ。とりあえず今回はお試しだぞ。お前、人のいう事、というか俺のいう事聞けよ。わかったな」

「……わかった」


 神妙な顔をして何度も頷くミカエルの顔。獣を宥めるトレーナーの気分だ。んで、見つめてくるミカエルの顔を見上げた。


 月もなくて、光の欠片もない。あるのは電灯の点滅だけ。


「なら――その光、消せよ」


 ミカエルが神妙に頷く。自分の魔法を使えば、すぐに明かりをダウンさせることもできたけれど。


「光はない方がいいのか?」

「ん。まあ、互いに見えるだろ。他の光はヤダ」


 真っ暗闇でも、どちらも夜目は効く。――誰にも見られたくない。


 ミカエルが、電気の紐に手を伸ばす。ホント、音一つで消せる豪華な部屋じゃなくて、わざわざ引っ張らなきゃいけないボロ電灯の下でやりたいなんでどうかしてる。


「とりあえず、何からしていい?」


 落ち着いてるくせにそわそわしている獣に笑う。


「んー。じゃあ、まずキス……だけかなって、舌はだめだぞ」

「だめなのか?」


 なんだかお預けくらってるデカいわんこみたいだ。てか獅子ってネコ科?


「なら舐めてもいいか?」

「――ん。ま、それは俺がいいって言ったらな」


 舐めるって――猫かよ。


 コイツ、チョロいのかチョロくないのか。


 それは――これから試してみるか。そう思って、近づいてくる顔に目を閉じた。







*お付き合いありがとうございました!

 これで終わりです。次回は、その後の話、です(笑)


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