第20話.待っててね、マイダーリン
チャスは次の日の一日、休みをもらった。そして細い月を見上げた。
月がない日は妖精界に行けない。明日は新月、妖精も出てこないし、妖精界からは誰も覗けない。
昔の教師へ電話してみる。ワンコールですぐに出た相手、何も言う前に「チャス」と呼びかけられて息をつく、それはひどく優しい声だったから。
周りがみんな好きだって取り合ってて。自分はもっと美人が好き。でも、自分の能力を気にかけてくれてた。
「あのさ、俺、能力わかった」
その返事は「そう」とだけ。言いたければいってイイ、話したくなければイイ、という雰囲気。
「あのさ、センセは人をどうやって好きになった?」
恋愛に壁作ってるなって思ってた。周りに振り回されて、振り回して。そんなのにアドバイスを貰うなんてどうかしてる。
でも、センセは長年好きだった本命の団長と結ばれたから。
「センセ。恋愛に臆病だったじゃん。頑なだったじゃん。どうやって認めたん?」
ズバッて聞けば、息を呑んでチョっといいかけて、また黙る。それから穏やかな声で話し始める。
「私は――」
今回の事件に全然関係ないことなのに、俺の本意を探ろうとしてなくて、ただ自分と向き合うセンセに偉いな、と思う。結局、俺は俺と向き直っていなかっただけ。
「扉を、開いたの」
「とびら……」
「そう、恋愛への扉を開いてみたの。恋に落ちるとか私はなかったから。自分にはない、許されない、その機会は一生ないって思ってた。背中を追いかけていただけ。それが強くなって、扉を開いちゃったの。みんなに会って、本音を聞かせてって言ってたから。自分が本音に向きあったのかな」
「ふーん」
「――チャス。私は、子供時代からみんなが『あの人がいい』とか、『カッコいい』とか騒ぐ中、一切なかったの。そういう資格がないと思って
なるほど、と思った。俺は憧れる美人とかはいっぱいいたけど、センセはどの男性がいいとか騒ぐの一切なさそーとは思ってた。でも、ホントにそうだったんだ。団長が好きなのはまるわかりだったけどさ。
「俺さ……好きとかいう恋愛感情がないみたい」
「好きの感情って強くアピールする人もいるし、嫌じゃない程度が“好き”っていう人もいるって、昔聞いたの……友人に」
その友人って、たぶんセンセに好意持ってたんだろうな。
「つきあってよかった?」
「いいよ。好きだもの……嬉しい、よ」
「どんな時」
「……」
少し考え込むのを待つ。
「あのね、例えば買い物行くでしょ。一緒に行くときかな」
「合わせてくれなさそー。時間かけたらイライラするっしょ」
電話の奥で笑う声。
「だから待ち合わせするの。一時間後とか。そうすると……」
「待ってくれんの?」
「待ってくれるよ。待たせるよ、私」
任務の時には、必要以上に緊迫して、緊張して、顔を強張らせて命令を復唱してんのに、スーパーで待たせるんだ。すっげ、つわもんだな、センセ。
少し照れてて「なんで私こんなこと話してるの?」「これ聞いて楽しい?」って聞いてくる。
「ん。まあ楽しくはないけど。参考までに」
促すと困ったように口にしてくる。
「待っててくれるでしょ。その姿を見た時、自分が帰る場所なんだな、って思う。待っててくれる人がいて、そこに帰る。それがすごく嬉しい」
ミカエルのことを思う。自分の部屋に上げた。それって嫌じゃなかったのかな。
「俺がさ。男に好かれてるって言ったら驚く?」
少し間が空く。言っていいのかなという気配に「教えてよ」と促す。
「――私も女の友人にたぶん、好意を持たれてる。断ってしまって申し訳ないけど。でも断った理由は同性だからじゃない。性別は関係ない」
「気持ち悪いとかない?」
「すごく嬉しいよ。だって、自分のことを第一に好いてくれるって――」
そこで区切られた言葉。
「自分を第一に考えてくれる。そんな人って、多分この世の中になかなかいないから」
「相手が遊びでも? その時限りでも?」
電話の向こうでまたセンセが笑う。
この人、自分のこと、私生活を照れて話してくれるってなかったな。それがセンセの言う、一個人同士の関係になったってことかな。
「――その場限りでも。その思い出や幸せな感情は、一生残るから」
『――明日の夜。部屋で待ってる。チャス』
メッセージをミカエルに送り、チャスは窓を見上げた。
再度MPと連動させたPPには、ミカエルから『会いたい』ってメッセージが来ていた。
それへの返事だった。
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