第17話.スモークが晴れたら
上がっていく鉄くずと化した防犯扉、まだ打ち鳴らされる雷のような音、銃声は止まない。チャスの手を離したミカエルが立ち上がる。
「おい」、と止めようとしたけれど、できなかった。近づいちゃいけない、止めてはいけない――その最中に。それは誰にもできないと本能が訴えていた。
それは何かをするからだ。でも“何”をと。頭の中が考えていた。
ミカエルは敵も銃弾を恐れていない、立ちふさがるミカエルに飲まれたように、ほんのわずかに攻撃が止む。銃弾の目の前に仁王立ちになったミカエル、その身体が膨らんでいく、膨張していくような、筋肉が太くなっていくような感じで――次第に縦も横もどんどん大きくなり、共に虹のような煌めきに包まれる。
遅れて、慌てたように指揮官が指してミカエルに焦点を当てるのが見えた。チャスは慌てずに見ていた、おせーよ、と思った。
だって、もうこの空間には何もできない。
銃弾の雨がミカエルに降りそそぐ。けれど、発射音だけ、当たる音はしない。激しい音も何故か弾かれ、煙も吸い込まれていく。
――いきなり砲弾よりも激しい咆哮が響き渡る。それに驚いたように、襲撃者が銃声を止める。
チャスは目を見開き見ていた。それから目を離すなんてできない。ミカエルがいたからだったけれど、でもそこにはもういない。
ただあったのは黄金の輝きだった。目に染みるように痛い硝煙が薄れていき、煙が晴れれば見えたのは、大きな尾だった。
それから金色の巨躯、そして長い爪をもつ巨大な四つ足。その一つ足が踏み出せば、低重音がした。
もう一度獣は咆哮を響かせる。尾が左右に揺れて、空気を揺らす。輝く毛におおわれている獣の顔、彼が
みしりみしりと迫るように進む獅子に防具に包まれた男達が下がる。
巨大な四つ足の獅子はまるで小型のドラゴンかと思うほどの迫力だった。
「――ハーフ……ビースト?」
チャスの震える呟きは、誰にも聞こえなかった。空間に染み込み消えてしまう。
(――乗れ!)
ひときわ大きな
呆然自失の部隊が銃口をこちらに向けたのがわかる、それがスローモーションに見えて、けれど身体は羽のように軽い。
獅子に駆け寄るとそれが鎌首を下げチャスを背中に転がし載せる。
鬣を掴み、頭を下げて足で跨いで身体を密着させる。
獅子は前足に力を入れて銃弾の嵐の道を通り、襲撃者達の横をすり抜ける。
(――チャス、俺を信じられるか?)
喉を鳴らしただけの言葉にチャスも応える。こんな状況で。
“――信じるしかねーだろ”
(――頭を低く、庇え!)
獅子が――ミカエルが二十五階の防風仕様の窓に突っ込む。勢いに砕け散る硝子、ミカエルが先に衝撃を受け、その後にチャスが通りやすいようにしてくれた。
腕で頭を庇いながら、窓枠を過ぎる。
すさまじい風の中、ミカエルの腹に腕を回し落ちていく。落ちていくのに、まるでそこに道があるかのように、確かな足取りでミカエルはビルの下へと走っていくのだ。
チャスは片目を開けてそれを見ていた。
すさまじい勢いで地上が近づいてくる。――この勢いで落ちたら、死ぬ。ミカエルは庇う気だけど。
魔法師が使える一般的な魔法を自分は使えない、風を操る魔法が使えれば衝撃を和らげられるのに。そして上から銃弾が降ってくる。背後を振り仰げば窓から襲撃者が身を乗り出し打ってきた。
掠めていく銃弾の嵐、それがミカエルの身体を傷つけ左右から血が流れて上に飛んでいく。獣の左腕からも流れ出る血が上へと飛んでいく強い、鉄の匂い。
抱えるチャスの頬を、身体の脇を流れていく。銃弾を危ういと思ったのか、彼がチャスを腕の中に抱えて、落ちるに任せる。強風の抵抗、同時に下へ落ちていく重力。二つの力が拮抗する。
あおられ、ビルの方へとミカエルの身体が叩きつけられそうになる、その身に銃弾が当たったのか身体がビクン、と跳ねた。抱きしめる腕の力が弱い、突っ張る緊張がなくなる。けれどチャスを抱える腕の力だけは抜かない。
「おい。ミカエル!!」
叫んで顔を見上げても、重力が強くなりいっそう下へと引っ張られている。同時に自分の周囲で金色が渦を巻いていることに気が付いた。
チャスは、ミカエルのその頬を、顎を、叩く。微かに開いた金茶の目、もう地面は近い。――道は、これしかない。
「――アンタも、俺のことを信じるか?」
ミカエルの目が見開かれる、そして頷かれる。
チャスは、渦の中に腕を突っ込んだ。
――次元が違う。引っ張られる、身体が捻じられる。自分が違うモノになったような気がする。ミカエルと共に、狭い穴に手だけだして体を入れようとして、向こうから引っ張られた、もしくはこちらから押しだされた感じ。
そして、スポンという感じでいきなり両方の力がなくなり、ふわりと温かい風に包まれたと思えば見たことのない場所にいた。
そこに出た時もミカエルはチャスを抱きしめていた。重い、チャスは下で暴れた。それから上にのる獅子の顎を拳で叩いた。
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