第16話.発情ケモノと機関銃
ミカエルが覆いかぶさり、庇っているのがわかる。相手は、腹立ちまぎれにデスクからMPや資料を落とし、ゴミ箱をけ飛ばしている。
銃口がまた天井に向けられる。その隙にアンジェログループのこのビルのシステムに入り込んだチャスはアンジェロを振り仰いだ。なんだ、という顔に口だけ動かす。
“――さっきのシステムダウンで乗っ取られた。ここの防衛網はあっちの支配下で機能していない”
チャスは妖精の声で囁いた。ほぼ人間には聞こえない口を微かに動かす周波の声、けれどミカエルは頷いた。
――やっぱりミカエルは耳がいい、聞こえている。
ビルディングのマップを引き出す。あいつらは天井に向け、それから窓に向けて銃が鳴らしている。身をすくめたチャスの耳をミカエルが塞ぐ。そのおかげで、何とか正気を保てていた、すばやく他のフロアにもアクセスする。
――ナンシー達が非常階段を使ったのはラッキーだった。彼女達は問題ない。
けれど、この階を直に狙って来たのはミカエル本人がいたのを知っていたから。その情報を漏らしたのは誰だ。
“――目的、わかる?”
(――思い当たることは多々ある)
ミカエルもほぼ声にしない喋り方。風の振動だけでチャスにも理解できた。犯人たちには聞こえないから、すぐに場所はばれない。ただ奴らは警戒しながらも進んできている。
『隠れていてもわかるぞ! ミカエル・アンジェロ、出て来い!』
出ようとするアンジェロの腕を掴む。
“――魔法師団に要請をかけた。だからちょっと待ってよ”
彼らなら、すぐに到着する。ただその数分が待てるか。
『出てこないなら、他の人間を殺すぞ』
階下から女性が連れてこられる。それを見て、ミカエルの肩が揺れる。出ようとした巨体を押しとどめる。
“――アンタを殺すかも、出たらハチの巣だよ”
グイッと拳銃の銃口をこめかみにあてられて女性が悲惨な声で叫ぶ。動こうとするミカエルを留めるのは難しい。必死でスーツの端を掴む。
“――両方殺されるって”
チャスは素早く自分のキーボードに指を走らせる。ミカエルっていうより……。
“――研究所のデーターがどっかに送信されてる。目的はそっち”
研究所のことが漏れた、そのあとの襲撃。もちろん、アンジェラグループの程の企業なら狙われてもおかしくないけど、目的を告げずにただ銃を振りかざすなんてクレイジーだ。
こっちでの行動は陽動だ。けどミカエルもついでに狙われている可能性も高い。
静かにチャスは黙考し、それからぎゅっと自分を抱きしめたままのミカエルの顔を見上げた。
“――方法はあるよ”
ミカエルの目を見ながら、答える。
“――俺が、システムを無効化する。乗っ取られた防衛システムを止めれば、再度リセット。そしたらアンジェログループのシステムに戻るだろ”
ただし、アンジェログループのシステムは強固、今度は駆け付けた魔法師団が応援に入れなくなる。
そこまで言ったところで、侵入者が叫ぶ。
『おい、一人目だ!』
「待て、そちらに行く」
ミカエルは舌打ちし、それから立ち上がり出て行く。チャスの頭を下げて軽く叩いていた。『案じるな』というのと、『絶対に出るな』という合図だ。
『待てよ』という言葉をチャスは飲み込み、呆然とデスクの下で固まった。
銃弾の雨が今すぐ降ってくる、ミカエルが死ぬ、それに怯えて両手で頭を抱えたけれど、何も起きなかった。そろり、と頭をあげるとまだミカエルの足がみえる、立っている。
「――俺が目的だろう。彼女を離せ」
静かすぎる、そろりとのぞくと女が突き飛ばされて、転び走るのが見える。落ちている一つのハイヒールは真っ赤で滑稽だ。
『よし、頭の上で腕を組め』
チャスは震える手で、MPを見下ろす。ミカエルの足がそこにある、まだ死んでいない。
チャスは息をついて、そして汗で濡れた掌をジーパンで拭く。それから再度MPを腿の上で安定させ、息を吸う。
直後、再度――照明が消えた。
『なんだ!?』
今度は、アイツらが驚く番。チャスの指はその直前にエンターボタンを押していた。差はない、ホントにコンマ、ゼロぜロぐらい。
「チャス!」
ミカエルがチャスを抱きあげて、胸に抱えて走り出す。そして廊下の角に走り込み防火扉のボタンを押す。既に、システムは復旧させていた。
(魔法を消して、またすぐに戻す、そんなこと俺やれたんだな――自分の意思で)
どの会社もシステムは魔法を使っている。チャスは相手が乗っ取ったシステムを無効化して、再度アンジェラグループの自動セキュリティを働かせていた。
機関銃の弾がいくつも当たる、落ちてくる扉。早く閉まれ、と思いながらチャスの手が再度MPを開き踊るように動く。
廊下の角に隠れながら命じたままに流れていく画面を見る、それを見ながらまた動かしていく。
シャッターは銃弾でぼこぼこに凹んでいる、激しい雨音というより雷が直撃しているようで、何度も激しい音に反射的に体が跳ねる、身がすくむ。それができているのはミカエルの身体が庇っていてくれたから。この身体がいれば、へーき。守ってくれる、そんな思いは初めてだった。
ここアンジェラグループのシステムは強固だ。犯人グループをビルの中に入れたまま、今度は扉を閉ざしてしまった。
「――研究所のデーターは至急消去。魔法師団のサーバーを借りてバックアップを取ってたから問題ねー」
自分のデーターだ、簡単に盗めるようにはしていない。
「師団は屋上から来てる。もう一度、ここのシステムを落とす。その隙に俺ら逃げなきゃいけないけど、どっか出口ある?」
ダウンさせたり、復旧させたり、またダウンさせたり。だるいような気もしたけど、アドレナリンの放出で興奮しているせいか何度でもできる気もした。早口でミカエルに聞きながらチャスは鼻を鳴らした、生臭く嫌な予感に顔をあげる。
ミカエルが答えない。そして、妙に重い。それどころかチャスを庇うように乗りかかりだらりと下げたミカエルの腕が血に染まっているのを見て、小さく悲鳴を上げた。
「ミカエルっ!」
「……油断、した」
「油断じゃねーよ」
肩が染まるほどの大量の出血だ、逃げ出せるかなんて馬鹿な質問。無理だ。
でもここで降伏したら助けてくれるのか。
――あり得ない。
魔法師団が来るまで時間を稼げるか。
「なあ、しぬ、なよ」
ぼた、ぼた、と血が床に染み込んでいく。なんだよ、この絨毯。ゼブラ模様の白に赤がしみこんで、シュールだ。
「お前を、助けるまでは、死なないな」
「ばか……じゃん」
心外だな、と笑う顔は苦痛の中にいて、でも無理しているようで、でもまだ余裕があって。
「俺と、付き合わないか?」
「……なんで、だよ」
いい加減にしろよ、って思うけど、それは腹立たしいのでもなくて、なんで俺なんだよ、って思った。誰でも選べるじゃん。女でも、男でも。
「俺、男と付き合ったことないし。……わかんねーし、そもそもなんも興味ないんだよ、もう」
「少なくとも“した”だろう?」
「っ、ばっか。アンタに、された……」
んだよ!
批難と抗議で声をあげたけど、それを投げた相手の顔色が悪い。肌の血色も蒼白、唇が渇いて白くなる、スーツから漏れてくる血の滴り具合は酷いし、かかってくる体重は重いし、ああ、自分の体重さえも支えられないんだと思うと、もうこいつも終わりかもって思ったら、どうしたらいいかわからなくなる。
「最初はただ共にいる時間を、許すだけだ。俺が嫌だと思えば、遠ざけていい。好きだって互いに思えば近づく時間、距離を縮めて。――そこで何をするか、……そこから決めていきたい」
「だから……!」
「ここから出たら、俺のことを、考えてくれるか?」
自分の頬にふれる手が、血で濡れている。大きな手が顎を掴んで、顔が近づいて、またキスをした。
返事はしなかった、でも行為を止めもしなかった。呆然としつつ、「またコイツ」とも思って、受け入れてもいる自分に驚く。
そうだ、コイツにされた時、自分は止めなかった。
「それが、返事、だと思っていいか?」
軽く合わさった唇がすぐに離れていく。寂しげで優しい、でもその目も光を帯びている。強い光、炎だ。金の光が揺らぎ燃えている。まるで欲情してるみたいだ。
「アンタ、勃ってる?」
「あぁ」
なんでだよ、と言いかけるとまた唇を塞がれる。顎を掴む手、それがまだ強い。変な奴に好かれた、と思ったけど、コイツはまだ死なない、死の匂いがしない。
銃声が止んだ。魔法師団が上に着いた。これから突入してくる。システムを解除したら、防火シャッターも上がる。どっちみちもう鉄くずだ。
「……俺、誰のことも好きじゃね。だから今は返事しない」
「上等だ。終わった時に、考えてくれ」
そしてチャスは息を吸って吐いて。――空間中の魔法を消した。
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