第15話.事後に逃げてないシンデレラ
正直気まずい、襲われて、あんな、なさけ―ないコト漏らして。弱みだらけを見せて。
「……もう。どうしたらいーの」
小さく叫んで頭を抱えたら、隣席のメンバーがチラリとチャスを気遣うように見てきた。
「なんでもね。俺、飯」
顔を合わせなきゃいい。あわせたくない。でも、ミカエルは構わないだろうな、来るだろうな。
そう思っていたら、メンドイのがやってきた。
「ちょっとチャス! ジェフから聞いたけど!」
ヒールで絨毯をぐりぐりしながらやってきたのは、ナンシー。
(まずこっちか)
「本当なの!?」
本気かどうか、俺もミカエルに聞きたいけど。
自分でそっちに誘導しておいた、けど成り行きまかせ。ミカエルに聞いてよ、ていーや、一応の方向は考えてたけど、あれしたらやっぱミカエルは怒るから最終手段なんだけどな。
って向こうからさっそうと歩いてきたのは本人だった。スーツに身を包んで、堂々と歩いて来て、ナンシーがその雄姿に見惚れたのがわかる。
反対にチャスは顔をしかめて、慌てて背をむけた。ナンシーが足止めしてくれるのを期待して。
「ソッチ。――本人いるから聞いて」
「ミカエル!!」
ナンシーはミカエルを責めていて、でも喜色が混じる声をあげる。これ、ホントに意識しまくりだよな。女豹が唸りながらもいいわよってOKサインだして誘ってるのとオンナジ。
なのに、ミカエルはそれを無視。チャスは明らかにその視線の先に自分がいるのを感じた。
けど、無視してそそくさととりあえず非常階段の方に向かおうとしたのに、大きな声で遮られる。
「――チャス」
(やっぱ、逃げられない)
背中越しでも視線の強さがわかる。ナンシーなんて目に入れてない、オレ、アシスタントなのに。チャスはそちらを見ないまま固まり息を吐いて、振り向いた。
「ナンシー、呼んでるケド?」
「――俺は、君に用があって来た」
あの晩は、それ以上の会話はすすめていない。だから、漏らしたのは間違い。最初の行為も、中間の会話も、その後の二回戦も全部間違い。
(間違い、って言っていい?)
自分の意思もあった、その場の流れ。でももう続きはないって。ここにいる以上は雇用主だから顔を合わせるけど、構われるのはナシ。
うまく言えたらいいけど、多分自分は簡素にしか言えない。だったら時間を作っても無駄。
「ちょっと、ミカエル」
「後で、ナンシー」
ミカエルがチャスを見下ろしたまま片手でナンシーを制して口を開く。明らかにナンシーはガン無視で、チャスにだけ興味があるって顔。
ここまで何回も顔を出すのは異常。
コイツ、周囲が何を思おうと気にしいんだな、少なくともこういうことに関しては、と思う。皆が息を止めて身を乗り出して聞き耳たてている気配、チャスは全部の気配に敏感だが、一瞬の違和感に眉をひそめた。それはもっと外のモノ。
……あれ、なんだかすげー嫌。
そうしたら、今度は一瞬ブンって音がした。電気系統がいきなり断ち切られた、って思ったのは直後に照明が消えたから。
「え?」
一番響いたのはナンシーの声、それからいきなりざわめきが走る。たちどころに声が満ち、騒がしくなる。
同時に、誰かが――ではなく大きな太い腕のミカエルがチャスの手をすかさずつかみ、腕の中に、頭を包むようにかばう。
「って、あんた?」
(――静かに、囲まれている)
言われてチャスもわずかに体を動かした。周りを囲むのは、悪意――よりももっと醜いモノ。殺意だ。
それが遠く、ビルの外でうごめいている。こんなの初めてだ。
チャスは妖精がざわめき、逃げていく嫌な感覚で察知したが、ミカエルは違うもので感知したのか。チャスをしゃがませるとミカエルはすぐに立ち上がりフロア中に声を響かせる。
「――皆、すぐに非常階段へ」
「ちょっと何?」
ナンシーの抗議は声だけじゃなくて、反抗する態度と目線だった。悠然とした態度でミカエルは半身を巡らせフロア中を見返し、もう一度ナンシーに目を向け言う。
「――君が責任者だ。皆で非常階段へ、すぐにだ」
まだ昼間なので、窓から採光があり照明がなくても部屋は見渡せる。さほどパニックにはならず、皆がいぶかし気な表情のまま言われた通り、順番に非常階段へと走る。
同時に明かりがつく。ブンッという皆で全ての電気系統が復活してホッとして足を止めようとすると、「急げ!」とミカエルが怒鳴る声。
「――でも」
「死にたいのか!」
「ミカエル?」
「行け!」
吼えるような声に、意味がわからないままみんなが今度こそ慌てて駆け出し、廊下の影へと消えていく。
そして半座りのチャスへと、ミカエルも背を押す。
「チャス、君も行け」
「嫌な気配だ。アンタ残る気?」
チャスがミカエルを見返すと驚く顔。そのミカエルの背後に目が行く、エレベーターが動き上昇している、その三角の赤い光がこの階へ近づいてくる。
――ミカエルはひどく耳がいい。チャスは異様な気配を感じた。悪意がどんどん近づいてくる
(――火薬。それから金属音。重機か)
ミカエルの顔が歪む、その顔は間に合わないと言っていた。
チャスは彼の腕を引っぱり、何とかナンシーの秘書のブースに転がり込んだ。ちょっとした小部屋のようだが、鍵がないから上から打たれたら終わり。
「チャス!」
怒りの声をしり目にチャスは自分のMPを開く。チンという音と共に、いきなり機関銃の発射音が響く。腹の底に響く雷が落ち着たような音。思わずチャスはMPを外して耳を塞ぐ。膝の上からMPが落ちそうになり慌ててつかむ。
『――全員、動くな!!』
ミカエルの巨体がチャスを庇うように、上にのり屈んでくる。庇われたのといったん止んだ銃声にそろそろと耳から手を外す。
体中が心臓になったみたいに動悸で煩い。ドンドンという音が響いている。息ができない、その時、ミカエルの手がチャスの手を上から握ってくる。
カタカタ、と音がしているのは自分の歯だった。上下が打ち鳴らされている。
機関銃の音は止んでいた。静寂の方が怖い、というのは初めて知った。
俺、学校の実習で魔獣の前で囮にもなったのに。今すげー、怖くて。あんとき、どうして乗り越えられたんだ、平気だったんだ、わからない。
ミカエルが動いて背に手を当ててくる。ようやく息ができるようになり彼の香りだけが、現実を取り戻してくれる。
(――五人か……)
ミカエルの呟きが外の世界を知る方法。そして襲撃者の戸惑いが空気で伝わってくる、いきなり撤退したような誰もいないフロア。
不意打ちだったはずなのに、既に全員逃げ出しているのだ。
敵はそれを知り、どうしてくるのだろう。――頭が麻痺して考えられない。
(――チャス、大丈夫か)
ミカエルの囁き声にチャスは動かしたかどうかわからないほど小さく頷く。全然平気じゃない。この人、こんな時でも話せるんだ、とか。自分の心配できるんだ、とか。ようやく少し頭が働いてよぎる。
怖い―逃げたい。逃げなきゃ、そう思うのに。これ現実?
『隠れていてもわかるぞ、出て来い!!』
怒鳴り声に身体がびくり、と動いた。ミカエルはそれに気づいているけれど、何もいわない。
(――チャス)
囁く声にチャスは顔をあげる。そしてミカエルを見上げる。その目はチャスを案じているだけ。
(――大丈夫だ、俺を信じろ)
その目をじっと見る。深いダークブラウン。金茶が混じる虹彩。昨晩その目を見た。様々な感情――怒りと、腹立ちと、快感の中に。爪をたててこらえても相手はじっと自分を見ていた。どんなふうにコイツは自分を見ているんだろうと思いながら。
今、ミカエルはまた自分の事だけを思っている。案じている。
(――必ず、お前を助ける、チャス)
なんで、この人。俺だけを心配してるの?
『出て来い! ミカエル・アンジェロ!』
その言葉にチャスは我に返る。ミカエルがため息を漏らしたのも同時だ。けれど、襲撃者は気が付かない、それに苛ついている。
――この人、気配を消している。チャスは妖精化が進んできて存在感が薄くなってきている。フロアでも声を出さなければ、時々いたのか、と驚かれることも多くなってきた。
けれどミカエルは、こんなに質量が大きい存在なのに上手に隠している。まるで魔法師団の団員みたいだ。軍の出身だからか。でも団員よりも上手だ。なんというか、手練れというより本能的にやれている、そんな感じ。
襲撃者の苛立ちが強くなる、それにミカエルは片頬をあげて余裕を見せ、同時にチャスの背に置いた手には心配が混じっている。
わかる、自分一人ならば平気なのに、チャスがいるから心配なのだと。
『ここにいるのはわかっている、隠れてないで出て来い!』
苛立ちまた機関銃を鳴らそうとしている気配に、チャスはMPの両端を握り締めてそれからミカエルの顔を見上げた。
――通常、ミカエルのいるフロアは上の二十六階。なのに、なぜこの二十五階にいると相手はわかった?
その疑問をとうにミカエルは気が付いている、“好きにやれ”という気配にチャスはMPを開き手を置いた。
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