第14話.異世界への扉

(自分の部屋で男に襲われるとか、ない。だろ……!)


 チャスはぐったりと半身を投げ出した。女の子は気持ちよくしなきゃいけなくて……そういう義理もなくて、まかせてて。


 正直、キモチよかったけれど、精神的なショックが大きい。


「チャス?」


 背後から抱きしめる男に、チャスは呟く。


「俺、アンタ嫌い……」

「よくなかったか……?」


 しゅん、とした声音に、やけになって振り返る。腹立たしいけど筋肉に拘束されたままだ。


「アンタ、そうやって殊勝になってるけど、やってる最中は全然容赦なかったし!」

「最後までしてない」

「ほぼしただろ! しかも感想、聞く男は嫌われるんだぞ」

「そうなのか?」


 チャスは、大きくため息をついた。


「聞きたくなかったけど。アンタ、ゲイ?」


 そんな噂も情報もなかったのに。


「自分では女性が相手だと思っていた……けれど、チャスを見ていたら止められなくなった」

「なんだそりゃ」


 ぎゅうっと背中から抱きしめてきて、頭に顎を載せられて髪に顔をうずめられる。完全に女の子扱いじゃん。


「消えてしまいそうで。――引き留めなきゃいけないと思ったら、さっさと行動を起こさなきゃいけないと焦った」

「……消えねって」


 また光があつまってくる。チャスは「放してよ」って言って、窓辺による。

ついてきたミカエルの目が机に行く。十通以上ある。

 笑ってしまう、机に投げだしてあるのは二、三通じゃない。同じ住所の同じ字の様式の封筒。ハンコはあて先不明。


 異様だろうこんなものが散らばってて。


「俺の、母親」


 チャスは先制して言った。


「宛先が、わからないのか?」

「消えた。父親と同じで」


 そう言ってガキだな、って思った。成人して親が消えたことをどーこーいうのもどうかと思う。恨みがましい、もしくは吐き出して同情してもらいたいとか。ないよな。


 親とうまくいかないのは、成人すれば乗り越えるものなのにさ。


「――金を、貯めているのか?」

「なんで?」

「この部屋は何もない。報酬は悪くないだろう? 引っ越さないのか?」

「そーだね。……貯めて、使った」


 そして机の前に立ち、窓の枠の中に丁度納まる大きな満月を見上げた。同じ位置に立ち、その絶景にミカエルも絶句している。


「俺が引っ越さないのはこれがあるから」


 パンツ一枚で、茶色の髪もひょこりと跳ねていて。振り返り鏡で見たら酷い姿だ。その周辺に光の欠片が飛んでいる。


「……どういう意味だ」

「枠の中に満月が収まった時、妖精界への扉が開く。あの窓を開ければ、俺はそっちに行けるんだ」

「チャス!」


 慌てて焦って腕を掴むミカエルにチャスは目を向ける。


「行くな」


 自分の顔は何の感情もないだろう。だんだん物事に執着が無くなっていたことに気が付いていた。食べるのが好き、女の子が好き、アイドルが好き、音楽が好き、そんな感情が消えていく。


「行かねー。妖精って人間バカにしてるし。俺みたいな混血ハブられるだけ。寿命もわかんねーし、飛んでるのか隠れてるのか、何してるのか。感情もないのかもしんない、行っても退屈だし。モノ食べねーし」


 でも、とチャスは続けた。


「気づいてるだろ。俺が、検査の値いじってること」


 血液検査は測定不能。出ている値も、生きているのが不思議なくらいで貧血がひどい。前は人間の値だったのに、ここ最近そうじゃなくなってった。


 レントゲンの画像は薄くなり映らない。


「――妖精化が進んでるんだ」


 今回値をいじってもう限界だなって思った。人間としての自分が弱ってきている。妖精としてそっちに呼ばれてる。


「……チャス」


 手を振りほどこうとして諦めた。抱きしめてくる男の胸にチャスは大人しくされるがままにして、目を閉じた。





*どこまでしたかは、皆さまのご想像にお任せ。私の頭の中にしまっておきます。

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