第12話.Make Love ってふざけんな!
「――チャス、君はゲームをやるかい?」
ジェフが奥の方に誘導したのはビリヤード台。ボールがいくつかは消えているのを見ると誰かが放りだしたままなのか。エスコートをしようと腰のかなり下の方を支えてくるのを振り払いつつ、台のほうに連れられて向き直る。
「やんね」
「何かしらはあるだろう」
ジェフがキューを手にして拭きだす。
「……センセのパンツの色を賭けたことなら」
途端にジェフは大笑いした。チャスの肩を叩き「まるで幼稚園児だな!」となれなれしいくらいに触れてくる。
「――一ゲーム終了まで話をしよう、な?」
チャスは台を見つめる。背後に立つジェフは随分チャスに近い、コイツの噂も知ってるけど、系統は雰囲気でわかる。
ゲイ。でもナンシーと結婚していたから、バイセクシャルだ。
「ナインボール?」
「そう。ルールぐらいはわかるかな?」
チャスの背後に覆いかぶさるようにして右手にキューを握らせてくる。
ナインボールは台上の最小番号のボールに的球を当てて、九番ボールを
既にいくつかのボールはポケットしていて、目の前には最小番号の四番、その奥に六番、そして九番。
近いから四番に当てるのは簡単、ただそれがポケット出来るかというと難しい。ましてや九番をポケットするには相当時間がかかる。
ジェフはこれまで一人でやっていたのだろう。だが、教えてやるというには別目的を感じた。
「腰を突き出し、身体を台にぎりぎりまで密着させて、そう、そんな感じで」
上にのしかかってくる存在にチャスは口を引き結んだ。これが美女なら。もしくは自分が女だったら、たのしー?
強い人工的なグリーンウッディ系の匂いが密着してくる。
自分は、メンズの香水の匂いが苦手。女性のきついのも苦手だけど、男のは体臭消しの意味もあり更に強い。
自然界に生きる妖精は人工的な匂いが嫌い。自分もここ最近かなり苦手。ムスクと合わせた匂いに息を止める。
「ミカエルはいくら出すって?」
「は?」
「――その倍、いや三倍でどうだ」
キューを押し出す手を留める。密着した身体、その耳元でささやかれた言葉、ミントの口臭。チャスは答えるのをやめた。
それって、つまり。簡単に言うとミカエルではなくて、こいつにつけ、ということ。
同時にどちらの能力を指しているのか、という事に警戒する。息を吸い直す、なんて馬鹿な真似はしない。
静かに動かずジェフが何を知っているか話し出すのを待つ。
ネットワークへの介入は自分の
ただし捕まりたくないから――犯罪行為は一切していない、すれすれだ。過去にヤバいことはしたけれど。
もう一つの能力は――その場全ての魔法をダウンさせてしまうもの。
何が原因で起こせるのかはわからなかった。
ただ教師には言われた。魔法で動く社会では、この能力は危険だと。だからこれは一部の友人達と魔法師団、それから現在の研究施設にしか知られていない。国家秘密扱いだ。
もし自分が――この能力を持っていることをジェフが知っていたら――。
チャスは相手が話し出すのを待つ。
「――アンタ、何を言ってんの?」
「一年前、グレイスランド魔法師団の絶対の防衛網が破れた。その詳細は国が明らかにしていない。が、バルディア国の干渉があったのは確かだろ。そして今、アンジェログループはグレイスランド委託の研究を受け、魔法師団とは密月のような関係を築いているって?」
動かないキューに、囁かれる言葉。
頭が白くなり、思い出す。
あの時、この国――グレイスランドの防衛網を構築する魔法が、消滅させられた。そして周辺諸国から一斉に侵攻を受けた。
――その要となる防衛魔法の消滅は祖国バルディアからの要請で、自分がやった。
激しい攻防戦。神獣を呼び出し、魔法師団総出で内外に動き、これまで戦闘行為を表では行わなかった軍隊も出動したと聞いた。
末に他国を退けたグレイスランド。だが自分は捕まると思っていた。それを行う時に、すでに自分の未来は予想していた。
戦闘行為なんてしたことのないバルディアが、他国に担ぎ上げてられて最強の魔法師団を持つグレイスランドに敵うわけがないじゃんと。
それに利用されて防衛網を破壊しちゃうなんて、人生詰んだって。
金の提示でも、奨学金を貰っていたからでもなく、親を人質に取られたわけでもなく、やったのは――バルディア人だから。
やんなきゃいけないと言われて――そうだよな、と思った。
自分はグレイスランドに留学してても、ここの人間じゃないから仕方ないよな、と。
でも、やった後に放心して、何もせずただぼんやりと大学構内で立ち尽くしていた自分の姿を思い出す。
皆が攻めてくる敵に対して、魔法大学の学生として応戦義務に応じているのに何もできず『俺やっちゃったな』と思っていた。そしたら、まるで当然のように、一般人の避難の誘導を頼んできたのは友人だった。
『したことは、後で考えればいい』といわれるまま動いた。考えること、罪悪感に溺れること、捕まることに恐怖しないですんだ
そしてすべてが終わった後、一国を滅ぼしかけたことで報復をうける覚悟をしたが、捕まらなかった。
脅しを受けていたことを大学の友人が証明してくれて、魔法師団も保護してくれて、その後も擁護してくれている。
それは大学の友人達のおかげだし、魔法師団とつながりがあったセンセのおかげだし、皆が責めないでくれたからだ。
だからグレイスランドの魔法師団に今も協力している。守護という名の下に監視されているのもわかってたけど、この国を裏切りたくないと思ってる。
だから、グレイスランドが預かってる情報が漏れるわけがない。あの魔法師団に秘匿されているのだ。
ジェフはたかが一企業のマネージャーだ。かまをかけられているのか。それとも確かな情報源からか。
「当時、グレイスランド魔法大学のバルディア出身の生徒が今、研究協力しているって?」
囁き大きな体格でチャスをおさえつけ乗り上げたまま、いきなりジェフが左手でチャスの尻をがっちりと掴んだ。手のひらに包み込むように
「――小さい尻だけど、しまっていて俺の好みだよ」
甘い声で巻き舌のアクセントで尻の話をされる。
叫ぶのはかろうじて耐えた。台に押し付けられて逃げられない。小指の先が割れ目、そこにかかっている。
「……死ね」
「その人物がチャス。おまえだろう?」
「クッソ」
蹴とばしてやりたい、けど体格では無理。
よく、モテ期、というのが誰にでもあるけど。今、男に好かれる時期なのカモ。
「返事は言葉でも、態度でもいいんだ」
鳥肌が立つほど気持ち悪い。けど、考える。ミカエルも今、自分に興味を持っているのはその時期に自分があるから?
んな、モテ期いるかっての! ミカエルとコイツが同じとも考えたくない。
「――どうだ? 今晩」
「死んでもやらねーっ」
「ベイリーサクセス社なら、今のギャラの三倍だ」
尻から離した手が腹の方にすっと動いてくる。Tシャツの中に入り、ファスナーにかかってくる。それをチャスは止めなかった。代わりに斜め後ろを振り返る。
「……つまりアンタは俺を引き抜いてくれんの?」
片口端があがる。ニヤリとした下卑た満足げな笑みだ。狙っていた女が落ちたな、という顔。
チャスはその緩んだ顔を見て、キューを後ろにつきだす、狙いは腹、へそだ。
ウッという声に「定番だな」と思いながら、台のサイドレールに片足を載せる。もう片方の足はついているけど、ギリギリだ。両足が浮かんだらそれはファウル。
そしてキューを立て九番のボールを直接ショットする。勢いよくポケットしたボールを見ながら、台から身軽に降りる。
「俺さ。パンツの色当てゲームで四勝ゼロ敗。センセは黒しか履かねーのに、
今度こそ、違う色じゃないかって考えすぎ。
「ゲームにかこつけて、違うことされてもルールなんてないだろ」
九番を直接ショットするのは勿論ルール違反。でも付き合う必要はない。だいたい、こんなこと言うために尻を揉まれるって、何なんだよ。
キャンパス地の鞄を肩にかけてチャスはジェフに背を向ける。
「ちなみに、ミカエルには『愛人にならないか』って言われただけ。アンタも深読み」
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