第11話.サバト(魔女の祝宴)かよ!


「ちょっとチャス」


 肩をいからせてやってきたのは、フロアマネージャーのナンシーだった。


「今晩いい?」


 ぜったいミカエルのことだし、こういうの苦手なんだよな。


「ミカエルの事なら本人にきけばいいじゃん」


 自分に用はない、目にも入ってないだろう。MPを弄って先制してそう言えば、怒りの気配がさらにボルテージマックス。


「その張本人が捕まらないからあなたを呼んでるの!」


(なんで、俺なんだよ)


「秘書のアリスンに聞けばいいじゃんって……アンタ仲悪かったっけ」


 途端に、ナンシーの形相が憎々し気にチャスを睨んでくる。ミカエルの秘書のアリスンとナンシーが彼をめぐって揉めてたのは知られている。そして煽った失言はいつものこと。


「――ミカエルが何を考えているか、教えなさいよ」


 身をかがめて声を潜めて尋ねてくる。


「――もちろんただとは言わないわ」


 身体で返す、というのはない。美人は好きだけど、こういう女豹みたいのは苦手だし、あっちにも興味を持たれたことはない。

 金か情報か、もしくは何らかのお得な地位……はないか。プレミア付きのチケットとか? どれにしても、そこまで心惹かれないけど。こういう粘着質なのは絡みだすといつまでも離れない。


 冷蔵庫にぶっこんであるスープは明日ぐらいまでなら持つだろう。


(一人になると、またどうでもいいこと考えちゃうし?)


 チャスは肩をすくめて了承した。




「ミカエルがあなたと話したのは何?」

 

 主題はそこかな、と思う。ナンシーは仕事で駆け引きはするだろうけど、アシスタントである自分に今ここでする必要はない。


「なんで俺が話さなきゃいけねーの」


 会社から離れたセントラルパークを挟んだ東、金融街だけど堅苦しくないランチミーティングをよくされる場所で、夜はライトなバーになる。適度ににぎやかで少しぐらい酒が入って声が大きくなっても問題はない。


 カウンターでナンシーはカクテルを頼んで、チャスはボトルウォーターを頼んだ。開けようとするウェイターに断って自分で開けて一口飲んでまた蓋を締める。


「何よ、飲みなさいよ」


 信用できない人間との食事、何が入れられるかわからないからボトルウォーターは手放さない。


「いいよ。ところで、応じたのはアンタがしつこいから。ミカエルのこと、――俺からは話さない」

「秘匿するのね。そのわけは?」

「俺に利益ねーもん」

「やましいのじゃなくて」


 チャスはボトルを持って立ち上がりかける。


「ただじゃないって言ったでしょ。グレイス・ワンダーのワールドツアー最終日、アリーナ席のチケット」


 グレイス・ワンダーは北・中央諸国ヒットチャート一位の歌手。ワールドツアー最終日のプレミアムチケットは何十マンもするけれど、それ以上に正規ルートじゃ手に入らない。たぶん顧客のコネで貰ったのだろう。


 チャスはその一枚を見下ろして、ナンシーの顔を見る。


「俺、これが好きって言った?」

「嫌いじゃないでしょ」


 チャスは、黙る。ナンシーがうかがっているのがわかる。これならば、オークションでかなり稼げる。


「――アリスンからここ三日間のスケジュールを聞きだしてもイイヨ」

「OK」


 ナンシーがニッと笑う、長い爪に目の周りの濃いアイシャドウ。ナンシーが女豹なら、アリスンは吸血鬼。なんでミカエルはあんなのが好きなのに、自分をターゲットにしてきたんだ。


「あら、ジェフ」


 そして解放されるかと思ったら、チャスの後ろに向かい手をあげる。回転椅子をくるりと回してそっちを見たチャスは、顔をしかめた。


(……げ)


 幸いそいつはナンシーの方にまず向かい、頬と頬を合わせるビスをして気づかない、と思えば目をこちらに向けていた。


「やあ」


 そして差し出される大きな手をチャスは見下ろした。


「俺はジェフ、ジェフ・リグレット」


 ――バーコード、ジェフ。

 別に名前がそうなわけじゃなくて、もみあげがバーコードにているから、チャスがそう呼んでいるだけ。


「知ってる。じゃ、俺帰る」

「ちょっと待ってくれよ。挨拶ぐらいさせてくれよ」

「知ってる。ナンシーに会いに来たんだろ、邪魔しないから」


 立ち上がれば、ジェフが肩を押さえてきようとしたから、チャスは腕を振り上げてはらう。


 ナンシーとジェフは元夫婦だ。別れたりくっついたり、別々のパートナーとくっついたり、多部門を持つ大企業内だからか、あちこちに出会いがありさらに肉食系の者達ばかり。二人が別れても、友人だかライバルだか付き合っていても知らないし、関わりたくもない。


「ナンシーの知り合いかい? チャーミングだと思ってたんだ。紹介してくれよ」


 だから知っているって。フロアも違うし、立場も違うけど確か五年前にベイリーサクセスというバルディア資本の企業から移動してきてGMジェネラルマネージャーになったやり手。


 アンジェラグループが研究部門を独立させようとなった時に、そっちのGMになろうとしたけど、その話が立ち消えてまだここにいる。


 ミカエルとはシニアパートナーの座を巡ったこともあるらしいけど、そんなのはどーでもいい。


(チャーミングとか、なんなんだよ)


 宝飾と革製品で栄えたイッタリー製の衣装と宝飾具を身にまとうナルシスト型、中央諸国の共通語を話すが、南国の楽園、巻き舌のアクセントの強いフォロリアン系。


 チャスの出身のバルディアと同じ女好きな国だが、バルディアは北国で寒い方、国の中で部族闘争もあって生き残るために遺伝子残しとけって、とりあえず女に手を出すせっかち文化。


 フォロリアンは南国文化のおおらかさを持ち、気障で大げさに振舞い、何でも長ったらしくかっこつけつつ目にした女に手をつけるという若干違う文化がある。


 チャスはノーマルだ。女の子好きだけど追いかける方じゃないのは、妖精の血が入ってるからじゃないかと思う。でも女の子のようにフォロリアン人、しかもジェフにそういう風に評価されるのは冗談じゃない。


 能面になって、見つめ返すと奴は少しひるんだように、固まったがすぐに笑みをつくる。


 気づいていないナンシーが横に立って上ずった声をあげる。


「ジェフ、こっち、昨年にうちのフロアに入ったアシスタントサブマネージャーのチャス・ローよ」

「よろしく、優秀なんだって?」

「――そうだね」


 チャスはそっけなく言ってボトルを手に背を向けると、ジェフがその腕を掴む。


「……何?」

「少し話そう」

「私はここで帰るから、じゃあね。チャオ!」


 ナンシーが素早く背を向けて、こっち、つまり引き合わすのが本命かよ、とチャスは息をつく。


 ナンシーはチャスとジェフが顔を合わせさせるのが目的だった。


 じゃあその最終目的ゴールは?

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