穏やかな友達作り(もう一組いるよ!)

 日曜日の昼過ぎ。姫と同棲している家に、私の友達が遊びに来ている。流風と帆南だ。


 流風はクラスメイト。帆南は全日制の生徒だが、流風の友達ということで知り合い、私も仲良くなった。


 田村うしお、高橋唯都いと知念ちねん流風るか大城おおしろ帆南はんな、初見じゃ読み方がわからない名前カルテットが、この1LDKに集合したのには、理由がある。


 時は遡り、月曜日。三限の終わり、教室の窓から夜空を見上げながら、姫(本名は潮)が呟いた。


「ボク、唯都の友達と友達になりたいです……」


 驚いた。A高校夜間定時制に進学するまで、「唯都以外と喋りたくないです」と言っていた姫が。そんなことを。


 ショックだった。姫には私だけを見ていて欲しかったのに。


「……それは、流風と仲良くなりたいってこと?」

「ん……あと帆南さんとも……」


 もう。そんな切実な眼差しで訴えられたら、お願いを聞いてあげたくなるじゃないか。


 私は姫を愛しているからな。

 


 私の友達と姫が仲良くなる機会を作らなきゃ。そういうわけで、二人を家に招くことにした。


 姫が人見知りして喋らないだけで、二人とも姫と仲良くしたがっているんだよな……もうひと押しでいけるはず。


「お邪魔します。田村さん、唯都先輩、お招きいただきありがとうございます」


 丁寧にお辞儀をして、手土産を差し出す帆南。アンダーリム眼鏡をかけた長い髪の真面目そうな少女……と思いきや、青い石のピアスをつけているし、オフショル着てるし、眼鏡の奥の目を大きく見せるためか、凝ったアイメイクをしている。意外と派手好き?


 帆南の後ろからひょこっと背の低い少女が飛び出した。


「はろはろー!」

「お邪魔します、でしょ!」

「ギエッ!?……おじゃまします」


 帆南に小突かれて、痛そうな声をあげたのは流風。癖っ毛の黒髪をポニーテールにしている、明るい印象の女の子。ミニスカとデニムジャケットがとても似合っている。ちなみに、こう見えて、流風の方が年上である。おもしろい二人組だ。


 この中では私が一番年上だ。上手く仕切って、姫と二人を仲良くさせるぞ!


「帆南がクッキー持ってきてくれたし、紅茶いれるよ。ミルクとストレートどっちがいい?」


「ミルクティーで!」「ストレートでお願いします」と要望があがるなか、姫は持ち前の人見知りを発揮して、黙り込んでいる。姫の紅茶の好みはわかっているので問題ないけど。


「姫が着てるセーラーワンピかわいいね!家でもお姫様みたいにしてるんだ〜」


 流風が無邪気に姫を褒める。おい、姫って呼ぶな。私だけのお姫様だぞ。


 まあ、今回は口を出さないでおこう。ここでギクシャクしたら、姫が更に萎縮してしまう。


「ゆったりとしていて着心地も良さそうですね。どこで買ってるんですか?」


 帆南ナイス!このまま、ファッションの話でアイスブレイクしてくれ……


「あ……えと……通販で……唯都が買ってくれます……」


 そのまま黙り込んでしまった。姫、本当に仲良くなる気はあるのか。いや、このお姫様……私の前では饒舌なだけで、本来はかなりの口下手だからな……


 しかし、気まずい空気をものともせず、流風は喋り続けた。


「姫と唯都って、お嬢と世話係みたいだよな」

「はぁ!?何の!?」

「ヤのつく職業の」

「確かに、それっぽい!学校での唯都先輩、服と目つきが怖すぎますから」

「帆南も同調すんな!」

「そりゃあ、龍の刺繍のスカジャンとか着てるし、目もドス暗いですし」

「目はしょうがないだろ。生まれつきだ」

「でも家では割と普通の服着てるんですね」

「ねー。その韓国風ジャージかっこいい」

「さんきゅー!流風。私もこれ気にいってんだ」

「……流風」


 帆南が流風をジトっと睨みつける。


「もっと他に褒めることありますよね?」

「えっ?えーと……唯都ってスタイルいいから、そういう服似合うよねー私が着たらダサくなっちゃうから、うらやましー」

「……もういいです!」


 拗ねてそっぽを向く帆南。それを見て困惑する流風。はい。いつものやつ。


 帆南は流風に自分の服を褒めて欲しかったんだよな。流風に片思いしてるもんな。もっと素直になればいいのに。


 でも今回は、帆南がちょっと可哀想かも。あんなにオシャレしてきたのに。姫と私だけ褒められて、一人放置されるなんて。


 ……まって。ごめん。二人の発言に対応するのに必死で、私もお姫様を放置していた。


「…………」


 姫はすでに紅茶を飲み干し、諦めたようにボーッとしている。


 ほんとごめん。今から、姫が話しやすい話題で挽回させるから。


「二人とも、姫の本いる?見本誌色々あるからさ」


 姫はプロの小説家だ。児童文庫やライト文芸をメインに書いている。自分の作品のことなら、話しやすいだろう。


「ごめん。私、本読めない」


 と、流風。


「ごめんなさい。私……正直、田村さんの作風に馴染めるかどうか……」


 と、帆南。


 もうダメだ。私も諦めたくなってきた。と思ったその時……


「でも、読んでみたいです。今は親元を離れてますから……田村さんみたいな作風の小説を読んでも怒られることはないし……」


 帆南の一言が空気を変えた。その言葉を受けて、おずおずと姫が尋ねる。


「……怒られてたんですか?」

「はい。漫画とライトな文章の小説は禁止されてたんです」

「ライトノベル、ライト文芸、キャラ文芸あたりがアウトってことでしょうか?」

「うーん?ジャンルはわからないけど、漫画みたいな表紙は大体ダメでしたね……」


 やはり姫は、小説のことになると急に饒舌になるな。帆南が若干ひいてるぞ。


「私も姫の本ほしい!」


 流風も手をあげる。


「姫の本、小学生向けが多いから挿絵ついてるって、前言ってたじゃん?絵をながめるだけでも楽しいかなーって」

「……流風知ってるか?絵は別の人が描いてるんだよ」

「そうなの!?」


 そっからかー……


 なにはともあれ、もらってくれるということで、姫の書斎に案内する。


「すげー!本がいっぱいある!小説家の部屋って感じ!」

「すごい。へー、かなり色々なジャンルの本を読むんですね……あ、この本私も好き……」


 まじまじと本棚を見る帆南。ぴょこぴょこと部屋を駆け回る流風。それをチョップで止める帆南。


 騒がしいけど、姫もどこかウキウキしていた。自分を少し受け入れてもらったからだろうか。


「あの、私、田村さんに選書してもらいたいんですけど」

「……?」


 帆南に唐突な提案をされて、首をかしげる姫。


「よく唯都先輩から惚気を聞かされるんですよ。田村さんと出会った頃の話とか」

「唯都が惚気を?」

「むしろそれ以外のこと話せないんじゃないかなって感じです」


 それはさすがに誇張しすぎだって。姫が笑ってるから、いいんだけど。


「それで、出会ったばかりの頃、自分に合う本を田村さんに選んでもらっていたっていう話を聞いて、楽しそうだなと思ったんです。私も本が好きだから……あっ別に田村さんのこと狙ってるとかじゃないですよ!」


 弁解された。私の視線を感じたのだろうか。


「実は今日、好きな本を三冊持ってきていて、判断材料にしてもらえないかと」

「はい……」


 姫が真剣に頷く。


 私が最初に選んでもらった時は十分以上かかったけど、どうなるだろうか。


 帆南が鞄から文庫本を三冊取り出した。


 どれも青少年同士のブロマンスな関係を描いた小説だった。私も二冊は読んだことがある。あと一冊は「ラストのキスシーンが素晴らしい」とか色々、姫から語られた記憶がある。


「帆南さん、漫画読んだことないって言ってましたよね?読んでみたいですか?」

「はい」

「こちら、読んでみてください」


 BLとしても有名な、昔の少女漫画の名作を手渡した。


 五秒で決まった。


「小説もあった方がいいですよね。んー……」


 文豪の私小説を取り出した。これも青少年同士のブロマンスな話だったはず。


「こちらも読んでみてください」

「ありがとうございます」


 計十秒ですべてが終わった。


「姫すごい!こんなに早く選べるようになったんだな!」


 思わず頭をなでる。


「ふふ……だって、選びやすかったから……」


 姫は誇らしげに微笑んだ。


 そのまま、姫と帆南は読書トークに花を咲かす。無事友達になれてよかった……よくない。流風が後ろでムムム……と頬をふくらませている。


「みんなズルい!私も本読みたい!」

「あなたさっき、本読めないって言ってたじゃないですか」


 帆南がたしなめるが、不服そうな流風。


「マンガなら読むもん!」

「あ……ごめんなさい。漫画はあまり持ってなくて……」

「そっかー……」


 仲間はずれにされたみたいで、寂しそうだ。フォローするか。


「流風、別に読めなくたって……」

「じゃ、じゃあ……!流風さんにはこちらを貸します!」


 ほぼ同時に、姫が声をあげ、流風に本を差し出した。流風は姫の声しか聞こえなかったようで、「なになにー?」と興味をもっている。私の声が姫にかき消される日がくるなんて。


 姫が流風に手渡した本は、私の知らないタイトルだった。


「短歌です」

「短歌?昔の人がやってるやつ?」


 流風が疑問を口にする。


「こちらは現代の短歌です。今時の言語感覚で読めますよ」

「ほんとだ!文字少ないし、私でも読めそう」


 流風がページをパラパラとめくりながら、感嘆する。確かに、余白がかなりあるな。歌集ってこんな感じなんだ。


「こ、国語の時間の流風さんを見てると……流風さんは、長文を読む時に目が滑って、読解するのに、かなり時間がかかるタイプなんじゃないかと思いまして……」


 流風は、驚いた表情を浮かべている。姫がたくさん喋っているところを初めて見たんだろう。姫は本のことになると、いつもこうなんだよ。


「……だったら、小説より歌集の方が、文を読み解く楽しさを、味わいやすいのではないかと思って……特にこちらの歌集は、短歌の背景にある物語が想像しやすいので、読みやすいと思います。ぜひ、流風さんのペースでじっくり読んでください。返すのはいつでもいいので……」


「ありがとう!!」


 流風が心の底から、感激した様子でお礼を言う。


「姫、大好き!……いや別に狙ってるとかじゃないんだけど!」


 弁解された。私の視線を感じたのだろうか。ついでに帆南の視線も察して、どうにかしてほしい。

 

 二人は十八時頃に帰っていった。借りた本と貰った姫の著作を何冊か入れた紙袋を持ちながら。


 二十時頃、食器を洗っていると、姫が飛びついてきた。


「ねえねえ唯都!見てください!帆南さんがボクの本の感想をくれました!」


 一旦手を拭く。手を綺麗にした後、姫の手にあるスマホの画面を見る。帆南からのLIMEだ。そこには、レシートみたいな長さの読書感想文が書いてあった。要約すると『あなたの小説で号泣しました』らしい。


 ポコン♪とまたスマホが鳴る。今度は流風からのメッセージだ。


『すっごい泣いてんだけど 笑笑』


 という文面と共に、姫の本を読んで泣いている帆南を隠し撮りした動画が添付されていた。こいつ……あとで帆南に殴られても知らないからな。


 あれ?この二人まだ一緒にいるんだ。お泊まり?仲良いな。流風は帆南のこと、どう思っているんだろう……


 なにはともあれ。


「姫!二人と友達になれてよかったな!」

「はい!」

「私がサポートしなくても、姫の力で仲良くなれたな!すごいよ!」

「ふふんっ」


 ドヤ顔をされた。かわいい。褒める意もこめて、ギューっと抱きしめる。


「ボク……いつか、唯都から二人を奪っちゃうかも」

「えー」


 奪うも何も、二人とはただの友達なんだけどな。


「そうしたら、唯都は……ボクだけを見てくれますか?」

「え……?」


 小さな体で正面から抱きつかれているため、表情が見えず、真意はわからないが。もしかして、姫は、あの二人に嫉妬していたんだろうか?私から引き離すために、二人を懐柔しようと思った?


 そう考えると、心が震える。どうしようもなく嬉しい。と、同時に申し訳なく思った。


 二人ともいいヤツなのに、当て馬にしてごめん。

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