穏やかな火照り(とある休日)

 一週間ぶりに姫の仕事部屋に入った。掃除をするためだ。許可はもらってある。


 愛しの姫サマは、リビングのソファでのんびり読書中だ。自身も小説家で、空き時間にいつも小説を読んでいる姫は、本当に小説が好きなのだろう。


 床は綺麗だが、長机の上には書類や本が積まれている。壁に掛けてあるコルクボードにはメモがびっしりと貼ってあり、散らかってはいるが、仕事に必要なものしかないということはわかる。さわらないでおこう。


 今日は本棚の本を全部抜き取って、ハンディモップで本棚のホコリを取り除く。その後に水拭きをして、除菌スプレーをかけ、乾かしたら任務完了だ。


 姫はその名の通り(私がつけた愛称だが)、お姫様気質なので、掃除が苦手だ。そのため、ヒモの私が本棚のメンテナンスを担当している。


 最近の姫は、紙の本が増えると管理が大変だといって、電子書籍に切り替えているみたいだけど。これって私に気をつかっているのかな?


 本棚のメンテナンスが完了。床掃除もしようと思い、掃除機とフロアワイパーを取りに行こうとした時、肘に何かがぶつかった。


 カッシャーン。フローリングの床に、軽い金属の物体が落ちる音がする。


 落としたのは紅茶の缶だ。高さは約二十センチほどで、洋書のようなデザインをしている。これは……確か姫のファンからのプレゼントだったはずだ。


 缶のフタが開いている。先程の衝撃で開いたのだろう。紅茶の缶のそばには、中に入っていたと思われる文庫サイズのノートが落ちていた。元々入っていた紅茶は全部飲んで、収納ケースとして使っているのだろう。ノート以外は何も入っていなかった。


 ノートの表紙にはこう書かれていた。『読書日記 2024/01/01〜』、本の感想を書いているのかな?


 読書感想なら毎日姫から聞かされているし、見ても問題ないだろう。軽い気持ちで、ノートのページをめくる。


 予想通り、読書記録をつけているだけのノートだ。ただ、聞き覚えのある感想の下に、各一行、場合によっては三行以上書き記されている項目があった。これ……


唯都いとーさっき宅配が……あ!」


 姫がガチャッと書斎の扉を開けたと同時に、私の行動に気づいて叫んだ。


「なに勝手に見てんですか!!」

「ぐわっ!?」


 小さい体を全力で使って、タックルしてくる姫。結構腰にきた。焦ってノートを閉じる。


「ごめん!見ちゃダメなものだった?」

「……見ました!?」

「なにが?普通の感想と……『唯都の好みか否か』という項目しか見てないけど」

「見てんじゃないですか!!」


 叫んだ後、ゴホッゴホッと咳き込む姫。慣れない大声をだしたせいだろうか。


「大丈夫?」


 姫の背中をさする。悪いことしちゃったかもな……


「本当にごめんな。見られたくないものだとは思わなくて」


 怒らせたのは、『唯都の好みか否か』という項目を見たことが原因かな?うーん……変なことは書いてなかったけどな。『唯都にこの本を勧めるなら、どうプレゼンするか』みたいなことが記されているだけで。


 姫は顔を真っ赤にして呟く。


「ボク……唯都みたいに、隙がなくカッコいいお姉さんになりたくて……」


 ん?……別に隙だらけだと思うけどなぁ……?


「だから本を勧める時も、シンプルにスマートでありたかったのに……」


 姫が火照った顔を手でおおって嘆き苦しみだした。


「こんなところ見られたくなかった!好きな本を唯都と共有したくて必死になってるなんて、バレたくなかった!」

「……」


 崩れ落ちる姫を倒れないようにそっと抱きしめた。


 というか……知ってた。


 いつもいつも、私に本を勧める時の姫は全力で喋るから、必死なのはノートを見なくても知ってた。でも。


 好きな人から本気で勧められるからこそ、私も読んでみたいという気持ちになるんだよ……と姫に伝えようと思ったけど、今言うと辱めになりそうだから、やめた。


「ちょっと……クールダウンします。しばらくひとりにしてください」


 姫はキッチンに移動し、冷蔵庫からサイダーのペットボトルを取り出した後、一口飲み、ボトルを持ったままソファに行く。寝そべるようにもたれかかりながら、本を手にとった。さっき読んでいた本の続きを読みはじめるらしい。


 ほんと、どんな時でも本を読む子だよな……私がスマホをいじるくらいの感覚で、姫は本を読むことができるのだろう。逆に姫がスマホをいじっているところをあまり見たことがない。四六時中、本と一緒にいる。


 今、姫が読んでいる本は勧められたことがない。新しく買った本かな?この本も、私にどうプレゼンするか考えながら読んでいるのかな……ん?まって。


 姫は四六時中、本と一緒にいる。そして、一冊ごとに、私に勧める時のことを考えている。


 それってつまり、四六時中、私の存在が頭の片隅にあるってことか……


「私もクールダウンしようかな……」


 体が熱くなってきた。サイダー飲も。


 恋人に、思ってた以上に好かれてるっぽくて、もっともっと愛おしくなった。そんな休日だった。

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