穏やかな花見(花見ではない)
三月上旬。土曜の昼過ぎ。ありふれたアパートにて。
「セルフレジが面倒な方のスーパーあるじゃん」
「ん」
「あっちの近くに、桜がきれいな公園があるから、見に行かない?」
仕事が一段落した様子の姫を、花見に誘った。
「行きます」
了承してくれたので、パジャマからラフな外着に着替えて、手を繋いで散歩に出かける。
姫は私の光だ。彼女には日々、素敵なものに包まれてほしい。花見に誘ったのもそれが理由だった。
しかし。
三十分ほど歩き、ようやく辿り着いた公園の桜は、七割が葉桜になっていた。
「あれ!?先週は普通に咲いてたのに」
「まあ三月だし、妥当ですよね」
「そっか……。ここ南国だったの忘れてた」
中学一年生の二学期まで県外に住んでいたので、感覚がズレてしまう時がある。こういうのは何度インプットしてもダメだ。そういえば……確か、ここの桜は一月には開花する。あと、散る時は花びらではなく、花ごと地面に落ちるので、ロマンが薄い。
私は言い訳がましく姫に謝った。
「ごめん。普段は通らない場所だから、変化に気づかなかった」
「大丈夫です。でも、今年は開花が遅かったので、もう少し前だったら見れたかもしれませんね」
「うあー!ミスった……」
綺麗な景色を見せてあげられなくて落ち込む私を横目に、姫はケロリとした顔で言った。
「まあ、来年がありますから」
その通りだ……とは思いつつ、素直に頷けなかった。約二十年生きて、知ってしまったからだ。心の移り変わり、理不尽な外的要因、死、その来年が来ない可能性があること。
そういう考え方をしてしまう自分が嫌になる。私は本来、単純な性格だったはずなのに、姫のことになると、どうしてこうなるのだろう。
「ボクは葉桜も好きですよ」
突然、姫がからっと喋りはじめた。
モゴモゴしていた私に気を使っているのか?でも、それにしては、快活な雰囲気をまとっている。姫は話を続けた。
「桜の葉は塩漬けにされて、食用として使われるんです」
「もしかして桜餅を巻いてるやつ?」
「そうです。他にもスイーツの香りづけに使われたりとか」
姫は、柔らかく美しく微笑んだ。
「ボク、春限定の桜スイーツ大好きなんで、葉桜も大好きですよ」
ああ。そうだった。姫は今の一瞬一瞬を楽しめる人だ。私が導かなくたって、常に素敵なものに包まれている人だ。
だから私の光なのだ。
「あっでも、咲いてる桜も綺麗で好きですからね。花より団子なわけではないですからね」
あわあわ弁明する姫がかわいらしくて、思わず笑ってしまう。
「あはははっ姫はほんとにかわいいなぁ」
「い、今のどこが!?」
「姫はかわいいから、ご褒美に、近くのスタヴァで桜フラペチーノをおごってやろう!」
「なんで!?ま、まあ、ありがとうございます」
姫の手を取る。私は楽しくお喋りを続け、姫は朗らかに相槌をうち、幸福のリズムで、新緑の桜並木を歩いていった。
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