穏やかなモーニングルーティン(新)

 姫の朝は早い。なぜなら、朝の方が執筆が捗るからだ。夜十時就寝、朝五時起床。目が覚めたら、まだ寝ている唯都におはようのチューをして、ベッドから出る。一杯の水とビタミンのサプリメントを飲んだ後、唯都が買ってきた紅茶のティーバッグを拝借し、飲みながら三十分ほど読書。このような手順で心を充電してから、仕事を開始。八時になると恋人の唯都いとが起きてくるので、「しあわせのおはようこうげき』(唯都を後ろから抱きしめる)をする。そして、朝食を作ってもらっている間に、ゲーム『あつまろせいぶつの森』を進める。


 以上が姫のモーニングルーティンである。だが、それは昨日までの話だ。


 今朝、目を覚ますと、ベッドから唯都の姿が消えていた。どこにいったの。夜勤バイトは辞めたはずなのに。イレギュラーな事態に、一瞬背筋が凍ったが、部屋に明かりがついていることに気づいてホッとした。あたりを見まわすと、ベッドから直結しているリビングに唯都がいた。どうやら、何かの本を見ながら絵を描いている様子だ。


 起き上がって、後ろから近づき、勢いよく抱きつく。


「しあわせのおはようこうげき!」

「わっ!おはよう姫」


 唯都は顔をほころばせ、姫の頭を撫でる。姫は満足気だ。


「唯都が早起きするなんて珍しいですね」

「姫にならって、私も朝活しようと思って。絵を猛練習してるとこ」


 テーブルで開かれている本には、リアルな人物の素描と筋肉や骨などの解説が載っている。どうやら唯都はその本の絵をそっくり描き写しているようだ。


「デッサンの教本の模写してたんだ。これが描いたやつなんだけど、どう?変なとこある?」

「おかしなところはありません。バランスもよくとれてると思いますが……」


 素直に絵の感想を言った後、疑問を口にする。


「なぜ絵の練習を?真面目に描くのは嫌いって言ってたじゃないですか」


 唯都はイラストを描くのが上手い。と言うと、本人は謙遜するが、絵を描けない姫から見たらとても上手い。唯都は小さい頃から漫画の絵を模写して遊んでいて、気づいたら自力でも描けるようになったらしい。しかし、誰かに「美術の道に進むの?」と聞かれる度に、「美術は好きになれなかったし、プロにもなりたくない。絵は遊びや暇つぶしだよ」と答えていた。


 だから、絵の練習なんて唯都っぽくないなと姫は思った。でも怖くて理由を聞けなかった。もし、自分以外の誰かに価値観を変えられたことが原因だったら、すごく嫌だからだ。


 戸惑っている姫の顔を見て、唯都はわかりやすく自分の意思を伝えた。


「姫が趣味で書いてるWEB小説のコミカライズを私がやりたいんだ」

「えっ?」


 予想外の答えに驚愕した姫は、唯都の顔をまじまじと見つめる。


 大胆な発言をしてしまった……と照れながら唯都は言葉を続けた。


「最近、姫の小説が、縦読みでコミカライズ連載されて、新規の読者増えてるじゃん。じゃあ、趣味のやつでも私が漫画にしたら、もっと姫の作品を知ってくれる人が増えるかもと思って」


 少し恥ずかしがりながらも、真剣な眼差しで姫に宜言した。


「だから姫の作品のコミカライズに相応しいように、頑張って画力上げる!ファンタジーマフィア恋愛モノだから、絵が上手くないと映えないだ

ろ」


 姫はようやく安心して、唯都の隣に座ることができた。よかった。やっぱり唯都はボクのことを一番に考えてくれる人だ。一生この人を大切にすると、改めて誓おう。


「唯都……ありがとうございます」

「お礼は作品が完成してから受け取るよ」


 二人の心があたたかいものに包まれていく。


「ボクも今日は執筆部屋じゃなくて、こっちで一緒に作業します」

「えっノートPCこっちに持ってくんの?」

「今はプロットの元になるプロットを作っているところなので、紙とペンと付箋です」


 こうして、姫のモーニングルーティンに唯都が加わることになった。



【唯都視点】


 私には小説家の恋人がいる。名前は田村うしお。お姫様みたいに可愛いので、私は『姫』と呼んでいる。


 姫は幼い頃から読書好きで小説家になることが夢だった。人見知りでマイペースで、群れでは虐げられるタイプだったせいか、逃避するように、独りでがむしゃらに頑張る女の子だったようだ。


 才能があったのか努力が実を結び、小学四年生の時には児童文庫新人賞の二次選考に残った。そこからは一次落ち続きだったが、姫日く私に出会ってからおもしろい小説が書けるようになったらしく、小学六年生の時に、ライト文芸の新人賞と児童文庫の新人賞二つをとって、三つのレーベルで同時にデビューを果たした。それから絶えず作品を世に出し続けているのだから、姫は天才だと思う。口に出すと陳腐な言葉になるから、本人の前では言わないけれど。


 そんな姫に惚れられている私も、なんだか特別な存在になったような気分になる。姫は重度の人見知りだったのに、私に懐いてくれたのがいまだに不思議だ。いじめられているところを助けたのと、顔と声が姫好みだったのが理由かな……?理由を聞いたら、姫の目を覚ましてしまいそうで、聞けないけれど。


 だって口にしてはじめて「これってしょうもないんじゃね?」って気づくことあるじゃん……私は姫に依存するヒモだし。姫には真実をまともに認識してほしくない。


 話は変わって、一か月前。姫が書いた恋愛モノの少女小説を原作とした縦読みマンガが配信された。


 マンガは概ね好評であり、本が苦手な友人も「これなら楽に読める!」と喜んでいた。もしかしたら、今後もコミカライズ展開が増えていくのかもしれない。


 だが、端的に言おう。私は解釈違いだった。コミカライズの絵が、雰囲気が。


 でも姫がちゃんとチェックしてオッケーしたみたいだし、私にあれこれ言う資格はない。でもひどくモヤモヤする。漫画を描いたヤツと姫との間に(仕事とはいえ)関係ができてしまったのも嫌だ。


 裏垢でアンチコメントを打つなんてダサいことはしたくないし、でもモヤモヤするし……と悩んでいたところ、インターネットでこんな言葉に出会った。


「解釈違い作品には、自分の作品で殴るしかない」


 これだ!!


 私も姫の小説をコミカライズすればいいんだ。趣味で書いている作品だけなら、姫の許可さえもらえば描けるし!


 んー……でも悔しいけど、正直、解釈違いコミカライズの方が、私より絵が上手いんだよな……よしっ猛練習するか!


 さっそくネットでおすすめの教本を調べ、バイトに行く前に書店で購入。休憩時間に模写練習した。


 そして、今朝、姫より早く起きて、また模写をして絵の練習に励んでいる。


 モチベーションを保つために、妄想する。絵が上手くなって、姫の小説のコミカライズは全部私の担当になる。なんだったら挿絵も私。そうしたら、私の知らない奴と姫との交流も絶てる。


 これでますます姫の特別な存在でい続けられるかも。そのためなら、なんでもするよ。消しゴムのカスを撒き散らしながら、執念を紙にぶつけた。

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