5.俺氏、奴隷ちゃんと宿屋に戻る

 さて、いろいろしているうちに夕方になってしまった。

 いつもお世話になっている宿屋に向かう。


 いろいろなお店を食べ歩きたいのだが、値段とか外からでは分からないし、値段見て店を出るような悪趣味はない。

 店の外にメニューが貼ってあるいわゆるウェルカムボードの文化もないので、外から確認はできないのだ。


 そうなると一番の安全パイは宿屋の夕ご飯定食だ。


 ついでに言えば、奴隷お断り、獣人お断りという店も結構多い。

 特に高い店はその傾向が強い。

 俺の使っている宿屋には特になかったと思う。


 これは外に同じ貼り紙が貼ってあるので見ればすぐにわかる。

 どうも教会で配布しているらしいと冒険者ギルドで聞く。


 教会とかいうやつらも人間至上主義なのかもしれない。

 教義であるのなら今の人間をせめてもしょうがないところはあるものの、やるせない気持ちが強い。


 なぜ神様がいるとしたら、こんな差別的なものを教義としてのさばらせているのか。

 俺が転移してきた原因も分からずじまいだが、神の仕業なら文句の一つも言いたいところだ。

 神じゃないとか、神はいないという可能性もあるにはある。

 もしくは神は直接干渉できないというよくある制約もファンタジーだと見かける。


 もっとも俺は奴隷を開放しろとか公言するつもりもない。

 最初から世界を引っ掻き回すのはあまり趣味ではない。


「夕方になったから、宿屋へ行くけどいいよな」

「えっ、あはいっ! いよいよ宿屋ですか……責任取ってくれるんですね」

「どういう意味なんだそれ」

「だって、責任取ってくれるって……」

「だからどういう意味だよ」

「んっ……」


 急にしおらしくなって赤い顔をして下を向いてしまう。


「獣人でも、その夜のお仕事くらい、で、できます。私だって、知ってるんです。子供だってバカにしないでください」

「いや、バカにしてない。というかそういう意味じゃないぞ。大丈夫、何もしなくていいから、大丈夫だから」

「あっ、そうなんですか……分かりました。ありがとう、ございます」


 赤くなって小さくなってしまった。

 これはこれでかわいい。


 そんなこんなで一悶着あったものの、宿屋に戻ってきた。


「おぉ、カイ、お帰り」

「ただいま大将」

「なんだそれ、奴隷か? ずいぶんかわいい子買ってきたな」

「だろ、かわいいだろ。今日からお世話になる奴隷ちゃんです。はい自己紹介」

「えっ、あはい。リーヤ、十一歳です。よろしくお願いします」

「よし、えらいえらい、いいこいいこ」


 リーヤちゃんをなでなでする。

 まんざらでもないリーヤちゃんもされるがままになっている。


「あんまり頭撫で繰り回すと首が取れちまいそうだぞ、そのへんで」

「あっそうだな。わりい、リーヤ」

「いいえ、ありがとう、ございます。ご主人様」

「リーヤが無事ならいいんだ」

「はぃ」


「それで大将、今更だけど奴隷と一緒でもいいんだよな?」

「あぁ、個室だしいいぜ。大広間でやりまくられたらケツ叩いて放り出すけどよ、あはは」

「そんなことしねえよ、何考えてんだ大将」

「いや冗談だよ、冗談。だよ?」

「どうだか」


 俺もリーヤちゃんもさすがに顔が赤くなってお互い見つめ合ってしまう。

 それでさらに意識して赤くなってしまった。


「なかなか仲がよろしいようで。食堂も普通に使っていいから。文句言ってくるやつがいたら俺が追い出すから言ってくれ」

「ああ、すまん、大将。助かる」

「いいっていいって」


「それで二人だけど宿泊料金なんだが……」

「奴隷に料金なんてないぞ。人間じゃないからな、数に入んねえんだ。そのかわり奴隷だけだと泊まれないんで覚えておいてくれ。これは教会からの決まりなんで、わりいな」

「いえ、助かります。ありがとうございます」


 そうか人間じゃない……。

 なんか当事者じゃないがグサッとくるな。『人間じゃない』って素面で言われると。

 そうか、確かにそうだが、なんだか釈然としない。

 このもやもやした感じが言語化できなくて、気になる。


「ああ、しかしすまんが飯代は人数分貰うからな。よろしく」

「はいよ。ということで夕ご飯定食二人分、よろしく」

「あの、ご主人様、私もご主人様と同じ料理を食べてもいいんですか? 私なんかが」

「ほら、また。『私なんか』じゃない、リーヤちゃんと俺は対等の契約したんじゃん? 覚えてる?」

「覚えています、うれしいです。でもあんなの口約束です」

「俺は義理堅いんでね。あと頭も悪くないんでそういうのは忘れないつもりだ。忘れたらぶん殴ってくれていい」

「え、いいえ。殴ったりしないです。ご主人様」

「そうか、まあいいか」

「はいっ」


 リーヤちゃんが笑顔なら、まあいいかな。


 せこせこと隅のほうの座席に座る。


 宿屋の娘さんが一応注文を取りに来てくれる。

 娘さんは十八くらいで、出てるところは出ているヒューマンの美少女だ。

 あの大将の子にしては抜群にかわいいが、誰の子なんですかね。


「カイさん、えっと料理は、A定食二人分でいいんですか?」

「え、あ、うん。何か問題でも?」

「あの、やっぱりごめんなさい。奴隷ですもんねお姉さん、私は奴隷パンで」


 リーヤちゃんが申し訳ないっていう顔で訂正する。


「なにその奴隷パンとかいう狂った名前のやつ」

「あれ、カイさん知らないんですか?」

「ええまあ。そうだA定食二つと奴隷パン一つね」

「かしこまり!」


 お姉さんが戻っていく。

 すぐに料理は運ばれてきた。


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