6.俺氏、奴隷ちゃんと夕ご飯を食べる

 A定食二つがなぜか俺の前に並んでいる。

 そしてリーヤちゃんの前に奴隷パンらしいものが置かれている。


 見た目は薄焼きパンだ。ただ白くはなく薄茶色でところどころに黒い点々がある。

 ゴマかと一瞬思ったがどうも違うように見える。


「違う違う」


 俺は訂正する。

 俺が奴隷パンとかいう怖い食べ物を食べてみたかったのだ。

 A定食と奴隷パンを交換すると、リーヤちゃんがすごく不思議そうな顔を浮かべている。

 視線はA定食と奴隷パンを行ったりきたりしていた。


「どれどれ、いただきます」


 奴隷パンを千切ってってかなり堅い。

 無発酵の薄焼きパンなだけある。

 かといってビスケット並みの硬さなら割ればいいがそこまでじゃないので、ふにゃんとして割れない。


 なんとか千切って口に運ぶ。


「うん、んんっ」


 ジャリ。


 嫌な口当たりがある。


 もぐもぐもぐ。


 ジャリ。


 味は思ったより塩味がそれなりに利かせてあって不味くはない。

 ただしこれ小麦がB級というかC級品で、現代日本でこそ全粒粉とか持てはやされているけれどいわゆるそういうので、かつ砂……これ砂だよな。

 砂はさすがに人間の食べ物ではない。


「ご主人様……あの、その」


 目の前でリーヤちゃんが目に涙をためて、おろおろしている。


「ああ、放っておいてごめん。これ砂が」

「はい。C級品の小麦しか使っちゃダメなんです。奴隷パン。そういう決まりで」

「はぁそうなんだ」

「はい。でもそのおかげで破格でお腹いっぱい食べることができるんです」

「お腹いっぱいねぇ」

「えぇ。たくさん食べていいのは奴隷パンだけなんです」


 それは、また、何とも言えないような気がする。


 A定食のほうを見る。

 具だくさんスープ。お肉も少なめだが入ってはいる。

 今日はトマトスープで赤い。味もしっかりある。

 A定食には黒パンがついている。奴隷パンよりはましなB級小麦が使われている。

 もちろん砂は入っていない。


「これをこうして」


 奴隷パンを千切ってスープに入れて、パクッと食べる。


「あぁ」


 それをうらやましそうに見つめてくるリーヤちゃん。


「ご主人様……」

「ほら、そのA定食、当たり前だけど俺のじゃなくてリーヤのだから」

「えっ、こっちにどかしただけじゃなくて、私が食べていいんですか?」

「最初にそう注文したでしょう」

「まあ、そうですけど、本当に?」

「うん」

「ありがとう、ご主人様。いただきます」


 リーヤちゃんがおそるおそるスプーンを手に取る。

 ぎこちなくスープをよそる。

 ジャガイモがちょっと大きくて、取りづらそうだったけど避けてなんとかした。

 ゆっくり口のほうへ移動してくる。


 そして大きく口を開いた。

 これでもかっていうくらい。まるでひな鳥みたいな。


 そしてスプーンが口の中へちゃんと入ってから、口がパクッと閉じた。

 もぐもぐする。

 スプーンが出てくる。


 まだもぐもぐしてる。


 またゆっくりよそってスプーンが移動してパクッて開いて……。


 なんだかカラクリ人形というかアンドロイドのロボットみたいで面白い。

 そしてよくわからないけど、かわいい。


 なんだこれ萌える。


「パンもどうぞ」

「はいっ」

「そっちじゃないぞ」

「そうでした」


 奴隷パンのほうへ手を出そうとして、黒パンをつかみ直す。


 パンは奴隷パンより容易に千切れて、その感触にリーヤちゃんが目を輝かせる。

 そして一口。


 パクッ、もぐもぐもぐもぐもぐもぐ。


「んっ美味しい」


 パクッ、もぐもぐもぐ。


「スープにつけても美味しいよ」

「そうでした」


 パンをスープに浸して、またもぐもぐする。

 美味しそうだ。


 なんだか見てるこっちまで美味しいんだな、って分かるのがすごい。


 こうしてもぐもぐ奴隷ちゃん一号は、ご飯をたくさん食べたのだった。


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」


 ふたりで手を合わせて、食後の挨拶をする。

 すると奴隷ちゃん、リーヤの顔がどんどん変わっていき、泣き出してしまった。


「うわああああああんんんん」


 さすがに俺もどうしたらいいか分からない。


「ひぐひぐっ、あんわああああああ」


 対面に座っていたが、指で涙を拭いだと思ったら、ボロボロ零れ落ちてくる。

 どうも感情を制御できないようで、わんわん泣き出した。


 俺は急いで立ち上がって、反対側に回ってリーヤを抱きしめる。


「ひぐひぐ、わあああああ、おかあさあああああんん」


 "お母さん"そうきたか。


「ママぁああ、ママあぁぁあぁ、わあああああ」


 さすがに俺はお母さんでもママでもないのでどうしたらいいのか。


 抱きしめつつ、頭を撫でる。


 あきらめずに撫でまくっていたら、だんだん泣きやんできた。


「ひぐっ、ひぐっ……」


 まわりの冒険者の野郎どもも、しょうがないな、という優しい顔をしていて、いつも厳ついのでなんというか、悪いがちょっとキモい。


「ひぐっ、ママ……いえ、ご主人たま。あの、その、これは違うというか」

「なにいいんだ。ママのこと思い出したんだろ?」

「はい。ママと温かい夕ご飯を一緒に食べて、それで一緒に『ごちそうさまでした』って言ったんです。でもその晩、焼き討ちにあって」

「焼き討ちか」

「はい。それで離れ離れになって、私は奴隷に」


 一度、目元を拭って、それきり黙る。


「そっか、そういうこともあるよな」

「はい」

「別に話さなくてもいいから。もちろん話したければ話してもいい」

「ふふ、どっちですか」

「リーヤの好きなように。じゃあちょっと迷惑かけちゃったから、ごめんなさいだけして、部屋に戻ろうか」


「はい。あの、みなさん、ごめんなさい」


 リーヤがペコリと頭を下げる。

 そうすると少し重そうな首輪も下がって、なんだか奴隷なんだな、と今更に思う。


 それを変な顔をして泣きそうな冒険者どもが、あっち向いたり、こっち向いたりして、テレまくってるから爆笑しそうになった。


 リーヤのごめんなさいの破壊力は抜群だった。


「じゃあ、部屋戻るか」

「はい、ご主人様」


 なんだか俺にべったりになってしまったリーヤを連れて部屋に戻った。


 大広間でなくてよかった。


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