2.俺氏、金貨一枚で訳アリ奴隷ちゃんを買う

 奴隷商というのは知っている。

 街外れにある大きな洋館がそれだ。


 俺はまっすぐそこに向かう。

 豪華なドアを叩いた。


「はい、どなたですか?」


 ドアを開けて出てきたのは、人間の女の子、それもかなりの美少女だった。

 胸が大きい。髪の毛もロングにしており金髪で、とても綺麗だ。


 服装はよくある従者が着るメイド服だ。

 この世界ではそれほど珍しくはない。

 少し高級な飲食店などではウェイトレスとしてメイド服の子が働いているのが見える。

 もっとも行ったことは一度もない。


 ただし彼女は銀色に輝く鋼鉄の首輪をしていて奴隷階級であることを物語っていた。

 彼女も商品もしくは奴隷商館で使っている商品サンプルなのだろう。


 女の子は純真な目を丸く開いて、俺を検分してくる。

 俺はそっと、彼女を胸を盗み見る。


「ここは奴隷商館なのですが、よろしかったですか?」

「ああ、奴隷が欲しい」


 そう俺がいうと彼女は一瞬で目を細めた。

 あれは俺を心の底から軽蔑している目だ。

 まあ奴隷を買いに来たんだから、これくらいは覚悟している。


「そうですか、では中へお入りください」

「ありがとう」


 冒険者の男性客とかいうやからがまともな客なわけなかった。

 これは俺ではなく過去の冒険者の責任だが、どれだけの数の女の子を泣かせてきたか、なんとなく想像してしまう。


 一応、客として認めてもらえたのか、俺を中に案内してくれる。

 それにしてもこのお姉ちゃん、いい匂いがする。


 あとどうしても視線がメイド服のおっぱいに行ってしまう。

 ふむ、柔らかそうだ。


 客室に通された。


 さっきのメイドさんが紅茶を出してくれる。

 メイドさんがお紅茶とかまるで上流階級のようだ。

 ただしさっきの冷めた視線を覚えていたので、それほど興奮しない。

 あの子は俺を軽蔑しきっている。


 それからよく観察していると彼女は俺と一定以上の距離をあけていて近づいてこない。

 かならず手が伸びても触れない距離を保っている。


 理由はなんとなく察してさすがに彼女に少し同情してしまう。

 相手が貴族や強い立場であったら拒否するのも難しいだろう、おそらく。

 商品サンプルなので試用する客がいるのは容易に想像できる。

 あんなことや、こんなことをされるメイドさん……。


 応接室で少しだけ待つと、いかにもな怪しいおじさんが出てきた。


「私が当奴隷商館の館長です。名前は、名乗るほどではありません」


 自分は名乗らないけどそのように言うというのは、先に名乗れということだろう。

 あとは俺に名前を知られたくないとか、俺に名乗る価値を見出していない。

 どちらにせよ、見た目通り怪しい仕事なのは間違いない。


「俺はカイです。冒険者を一か月ほどしてます。よろしくお願いします」

「はい。では、どのような奴隷をお探しですか? 戦闘奴隷でしょうか、それとも性奴隷ですか」

「いや、まあそうだが、金貨一枚しかない。これで買える奴隷が欲しい」

「金貨一枚、ですか、一枚」


 一度奴隷商があごひげを触って考えている。


「あぁ」

「むむむ。なかなかの難題ですね。確かに金貨一枚でもお譲りできる奴隷はあります」

「あるんですか、助かります」

「しかし、でも、問題がありましてな」

「そうですか」

「獣人でもかまいませんかな」

「いいですよ」

「よろしい、ではお見せしましょう。詳細は見せてからで」


 俺は奥のほうへ案内されていく。

 おりが並んでいる。

 全体的に薄暗く、なんだか不安になる雰囲気だ。


 そうして一番奥に到着した。


「この子です」


 その檻には猫獣人だろうか。

 茶髪で十二歳くらい。

 胸がほんのわずか膨らんでいて、そして顔がかわいいので、女の子だろう。

 しかし全身薄汚れている。


「こんにちは」


 俺は話しかけてみる。


 彼女は俺を無視した。

 ずっと先のほうを見つめている。

 焦点は合っているのでただぼーとしているわけではなく、聞こえないかのように振舞っているだけだろう。

 表情はほとんど変化がないので一見すると意識障害があるようにも見えるが、よくよく見ると緊張しているようだった。


「大丈夫だ。俺は危害を加えない。叩かないし、殴ったりもしないよ。約束する」

「とまあ、耳が聞こえないわけではないようなのですが、会話が成立せんのです。もしかしたら問題があるのかと」

「俺はカイだ。君の名前は?」


 反応はないがほっぺがほんの少しだけ、動いた。


「お客様、その子はしゃべれないのか、名前も言わないので分からないのです」


 女の子は目線を一瞬下げたが、また正面を向いて無視を貫いている。


「君と対等に契約したい。この暗い部屋にずっといるのと、俺と外を冒険するの、選んでほしい」


 ピクピクッと小さい反応がある。


 そしてようやく目線が俺のほうを向いた。

 今度はまっすぐ俺の目を見つめてくる。

 その目は澄んでいて、吸い込まれそうなぐらい綺麗だ。

 こんなに汚れているのに、目は死んでいない。


「ん……」


 しゃべった。

 少なくとも言語は理解している表情をしている。

 これは契約してくれるということだろうか。


「ああ、この国では獣人は奴隷階級だが俺個人は差別しない。ちゃんと女の子として扱う。何に誓ったらいいか分からんが、そうだな、俺自身に誓って」


 俺のほうを見つめている。

 奴隷商が向こうを向いている隙にそっと小さくうなずいた。


「えっと、その奴隷の扱いにはほとほと困っていまして。まともに会話もしない異常があるのか問題のある獣人など誰も買ってくれませんでな。顔はかわいいですが獣人の顔がかわいくても評価にはなりませんしな」

「はい、それで金貨一枚?」

「ええ、これまでの管理費用として金貨一枚いただきます。奴隷の代金そのものは無料としましょう。これで税金も掛かりません」


 奴隷商の話によれば、奴隷の購入には価格の一割の納税義務があるらしい。

 今までの事務管理費を取ることは許されているので今回は無料で通すとのこと。

 助かる。


 帰り際、メイドさんは俺たちを見送りしてくれた。

 最初の冷めた視線とは異なり、今は優しい笑顔を浮かべている。


「ありがとうございました、また、お越しください」

「ああ、では。ありがとう」

「んっ……」


 メイドさんは奴隷の彼女の頭を撫でてくれた。

 奴隷ちゃんはされるがままに撫でられている。


「その……この子、引き取ってくれて、ありがとう」

「なに、感謝されるほどじゃないさ、俺が必要としてるから」

「そうですか。ではまた、さようなら。じゃあね、ばいばい」


 メイドさんもこの奴隷ちゃんを気にしていたらしい。

 奴隷ちゃんに手を振ってくれる。

 遠慮がちにほんの少し奴隷ちゃんも手を振り返していた。


 こうして俺は彼女を手に入れた。


 粗末な麻の服装に銀色の首輪の彼女を連れて、奴隷商館を出る。


 とぼとぼと歩いていく。

 彼女は俺の後をついてきていた。リードはつけていない。


 途中で一度止まってみる。

 彼女が止まった。


「おい、横へおいで、一緒に歩こう」


 彼女はそっと歩いて俺の横に立った。


「私は……リーヤ。奴隷と対等? 正気? 獣人だよ?」

「ああ、そのつもりだ」


 俺が手を差し出すと、そっと手を取ってくれた。

 手は汚れているが温かかった。

 ぎゅっと握り返してくる。

 ただ、その手は年相応に小さい。


「その……ありがとう、ございます」

「ああ、それからやっぱりしゃべれたんだな」

「ママに変な人と絶対しゃべっちゃいけないって言われた」

「そうか」


 こうして名無しの女の子ではなくリーヤは俺の奴隷となった。


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