第4話 夢と再会と
長野に到着し、ドアが開くと今までとは違う空気が出迎える。
明らかに山だ。
都会と違う新鮮な空気、そして少々肌に刺さる冷気。
改めて長野に来た事を文字通り肌で感じる。
乗ってきた新幹線を見送るようにつばめはミラーレスに収めるのかと思っていたら、急に腕を引っ張ってきた。
「ほら!一緒に写ろうよ! 最愛の彼氏とめちゃイケメソのE7となんて夢のようですなぁ~、でへへへ・・・」
つばめにとっては両手に華状態なんだろうけど、内心俺は盛り上がれない。
ここにつばめにとっての再会相手がいるのだ。
時間が経つに連れ、緊張感が増してくるのがわかる。
記念撮影を終えて、駅舎から出る。
駅ロータリーに喫煙所があるからまずはそこに行こうと誘われる。
なんやかんやとその辺はよく調べてくれているのは助かる。
緊張感が高まり過ぎて落ち着かないので甘える事にする。
この喫煙所は屋外なので煙が滞留しないこともあり、つばめもついてきた。
次の移動まで1時間以上あるので軽く食事しないかとの提案があった。
ぶっちゃけ喉通るのか不安だったが、クルミそばの有名な所があるとの事なのでまぁ何とか収まるかな?と考えてその提案に乗る事にした。
なるべくつばめとの会話が途切れない様に意識を会話に集中させた。
つばめを信じているし、わざわざ俺が苦しむ様な事をする訳がないと思う。
さっきもあれほど喜んでくれていたのだ、俺が想定している様な最悪な結末はないだろう・・・。 多分。
初めての彼女で交際経験がないので比べようがないのだが、つばめにとって一番いいと思える選択をしたいと思うのは当然の事。
だからこそつばめの言うワガママにも付き合っているのだ。
と自分に一生懸命言い聞かせている。
本音言えば嫉妬にも似たものが不安を掻き立てているんだが、余裕ある男をつばめに見せておきたい見栄っ張りな所も童貞の悲しい性なのかもしれない。
頭がぐるぐる回っている事を悟られない様に、クルミそばについて話を振ったりしてこの場が固まらない様に仕向けていた。
そうこうしている内にクルミそばがやってきた。
見た目も濃厚なクルミのつけだれは、この状況ではヘビーに感じたものの、食してみればとても美味でつばめとワイワイ言いながら食べれたのは幸いだった。
店を出て先程の喫煙所にまた舞い戻り、食後の一服を味わう。
聞けば今度の移動はちょっと時間が掛かるらしいので吸い溜めしていた方が良いとの事だった。
まぁ、都会と違うので一度乗り遅れたりしたら1時間待ちになんてざらだし、これからもし山深く進むのであればバスで数時間揺られっぱなしもあり得る。
ここは計画者のつばめの提案に素直に従っておこう。
それから俺達は駅の地下へと進む。
暫く進むと改札らしきものが見えてきたが、長野に地下鉄があるのかと思っていたが違う様だ。ここは地方鉄道の駅で地下鉄ではなく単純に地下ホームらしい。
よく見れば改札は自動改札出なく有人だ。都内では見慣れない風景に新鮮さを感じていた。
「こういうの初めて?」
キョロキョロ見ていた俺を見てつばめが聞いてくる。
「そうだなぁ、子供の時でも改札は自動だったと思うから初めてかな?」
そう答えるとつばめは嬉しそうに
「でしょ?でしょ?あたしも実際初めてだからワクワクしちゃっているんだよね。」
はしゃぎながら満面の笑みを向けるつばめを見て悪い気はしない、むしろ喜ばしい事だと改めて感じている。
つばめはカバンからちょっと大きめの封筒を取り出し、中から切符らしきものを取り出した。
「はいこれが今から乗る電車の切符だよぉ~、改札で駅員さんに挟み入れて貰うなんてそうそうないからね!」
はしゃぐつばめから受け取った切符には座席番号が書いてあった。
とりま鋏を入れて貰い中に入る。
ここから更に地下に進めばホームらしいが、つばめがさっきと打って変って緊張しているのがわかる。
それを見た俺も緊張が走る。
つまりこの先に再会相手がいるという事だ・・・。
「大丈夫か?」
と声を掛ける俺も正直気が気じゃない。
さっきのクルミそばが逆流してきそうな勢いだ。
「うん、何とかね。あのね、この先に話していた再会相手がいるんだ。
もう十年以上も会っていないからさ、さすがに緊張してきたかな、ははは・・・。」
それだけ久しく会っていない相手ならば無理もないと思うが、明らかに今までのつばめと様子が違うので心配になってくる。
「ねぇ、お願いがあるんだけど?」
少々か細い声だが芯のある声だった。
「ホームで会えるんだ、あなたと一緒に会いたい相手が。
あたし、好きな人が出来たら最初の旅行で必ず一緒に会って、したい事があったの!
それが子供の時からの夢だった、それが今から叶えられると思うとさ、ちょっちチキンになっちゃうわ。傍から見たらおかしいのかもしれないから、あなたにも笑われたり、引かれるかもね。」
つばめは真剣に見つめる。
俺はそっと抱きしめて背中を軽く叩いて落ち着かせる。
「大丈夫、一緒にその夢叶えに行こう。」
ゆっくりと手を握り、エスコートする。
つばめは安心したのか、安堵の表情で一緒にホームへと降りていく。
そしてついに再会・・・。
周りを見るがこちらを知っている様な人はいないみたいだ。
つばめの視線の先を追うとそこには列車が停まっていた。
まさか再会相手ってこいつか?
確かにちょっと言い回しに不思議な部分があったが、再会相手がこの列車だとすれば合点がいく。
「なぁ、つばめ。再会相手ってこの子か?」
泣きそうになるのを必死で堪えながら小さくうなずく。
そうか・・・。人じゃなかったのか・・・。
どちらかと言えば最悪な結末を勝手に考えていたせいで安堵感が大きい。
「詳しい話は後で聞くとして、再会できて良かったな、つばめ。」
とうとうつばめの涙腺が崩壊した。
「嬉しいよ、好きな人を連れて再会する事が出来て! 本当に良かったよぉ~。」
俺の胸で泣くつばめをあやす様に話し掛ける。
「とりあえず乗ろうか、乗り遅れたら元も子もないからな。とその前に一枚だけ記念撮影しておくか。」
俺は近くにいたこの列車の添乗員さんらしき人に撮影をお願いして撮ってもらった後に指定座席につばめを連れて行った。
しかし妙だ。
俺は長野で電車に乗った事がない、そもそも長野に来たのは生まれて初めてのはずだ。
なのに、この電車の形、雰囲気を知っている気がしてならない。
そう既視感と言うべきか・・・。
おかしい、俺の中で何が起きているのか正直わからない。
さっきまでの異様な緊張感から解放されて俺はおかしくなっているのかも知れない。
俺が混乱し始めているのをよそにつばめが復活し始めていた。
「落ち着いたか?」
「うん、ありがとう。今まで黙ってついてきてくれてありがとう。
あなたを好きになった事やっぱり間違いじゃなかった。」
そんな事を言われて嬉しくない訳がない。つばめにとっての夢、それが何だったのかは後で聞くとして、こうやって彼女が俺を好きになってくれた事を間違いじゃなかったと言ってくれた事に幸せを感じていた。
そして目が腫れぼったくなりながらも、真剣な眼差しでこちらに向かってつばめが話し始めた。
「それじゃ、すべてを話すね。この列車はあたしが子供の頃、地元の沿線で走っていた特急列車なんだ。そして家族旅行で箱根に行く時にはこの列車の展望席に座って行ってたの。」
昔は地元で、今は長野で走っている?
どういう事なのか理解出来ないが、話を聞き続ける。
「あたしは子供だったから目の前に広がる景色に夢中になっていたけど、両親は反対側の席で仲良く座って楽しんでいたの。
家でも仲がいいのだけど、いつもこの列車に乗ると両親はずっと手を握って楽しそうに過ごしていたから不思議だったんだよね。」
どうやらつばめのご両親は仲睦まじい様だ。
つばめが素敵な女性に育ったのは家庭環境も影響しているかもしれない。
「子供から見たら、仲良くなる魔法でも掛けられているのかなって思う位だった。
だから聞いてみたの、なんで今日はいつも以上に仲良しなのって?
そうしたらね、このシートはロマンスシートと言って、真ん中に仕切りがないだろう?父さんと母さんの間に邪魔なものが無いからいつも以上に仲良くなれるんだよ。って。」
言われてみればこの座席に真ん中の手すりがない。
これがロマンスシートと呼ばれる所以なのだと気づく。
「この電車に乗ったから父さんと母さんは仲良くなって、結婚して、つばめが生まれたんだ。つばめも大きくなって大好きな人が出来たら一緒に乗るといい。
きっと幸せになれるから。って言ってたの。
両親を見ていたらそれは嘘じゃないってわかるんだ。だからずっとあたしはそれを叶えようと思って好きな人が現れるまで待っていたんだ。」
なるほどな、つばめの夢は両親が与えた幸せな景色の再現だったわけだ。
そして俺の既視感の原因もわかった。
この列車は子供の時に俺も乗った事があったのだ。
大体都心から箱根へ向かう時はこれに乗るのが定番と言って良い位だ。
最後に箱根に行ったのは大学のサークル旅行の時だった。
その時はこの列車ではなかったと思うが出発時とかにメロディーを流したり、喫茶店の様に淹れたての珈琲を飲めるサービスがあったりしたのを思い出した。
あとで調べて知ったのだが、鉄道業界では大手の車両が地方鉄道へ譲渡されるという事は結構ある様だ。
この列車も例外ではなく、そのお陰で俺たちはこうしていられるのだ。
ここまでの話をつばめから聞いたおかげで俺の中でもやもやした全ての点が線になった。
「あたしは父さん程、鉄ちゃんじゃないけどね、この子についてはただの列車じゃなくて、夢や愛に満ちた特別なものなの。」
思い入れと言うのは人それぞれであり、つばめにとってはこの列車だっただけで、人によっては車に同様の思い入れがあるとか、対象物はまちまちだ。
人にはそれぞれ何かしらのストーリーやドラマがある。
俺には残念ながら今の所無いからか、こうして持っている人がどこか眩しく見えたりする。
「ずっとね、その日が来るまでワクワクしながら過ごしていたんだけど、中学生の時にこの列車が引退する事になったの。
最初はショックで数日寝込んじゃった程。夢が叶えられないって思っていたからね。
そんな時に父さんがあたしにこう言ってくれたんだ。
つばめの好きな子は長野で元気に走っているんだ、だから安心していい。
早く素敵な彼氏と出会える様に頑張れよって。
父さんの話では引退前に半分は地方鉄道へ譲渡され、廃車を免れていたんだって。
それを聞いて安心してあたしは次の日から普段通りの生活に戻れたけどやっぱ寂しかったかな・・・。
父さんからそうは言われても、そんな早くに好きな人が出来るほど甘くはないし、この夢を叶えるなら誰でもいい訳じゃなかった。
でも念願叶って、あなたとこうやって過ごす事が出来た。
今すごく幸せだよ、本当にありがとう。」
今日一の笑み浮かべて礼を言うつばめ。
この笑顔を見ればつばめを信じてここまで来て良かったと思える。
「つばめの笑顔が見れたからチャラだよ、これまでの事話してくれてありがとうな。」
ここまでの話を聞いて安堵感一色になったのか、俺の緊張感はとうに消えていた。
「それはそうと、そわそわしていたのは再会相手が昔の男とか想像していたんじゃない?」
不意に飛んできた鋭い指摘に思わず顔に出てしまう。
「やっぱりそうだよね、何も言わないでいたから、ずっとやきもきしちゃうよね。
最初から全部言うと引かれそうで怖かったんだ、あなたがそういう人じゃないってわかっていても、ね・・・。
それでも黙ってついて来て、不安になる私を支えていてくれた。
おまけに連休前は気を使って仕事量まで減らしたりさ?」
さすがに最後のは、つばめは知らないはずだが・・・
「何で知ってる?って顔だね、そりゃ同じ部署だもの。感覚でおかしいとわかるし、調整したのは誰だって考えればすぐわかるじゃんwww。」
何もかもお見通しか・・・。
俺はこの先ずっとつばめに頭が上がらないのも知れない。
「そろそろ発車だね。ねぇ、最後にここで叶えていない事、お願いしていいかな?」
いたずらっぽい顔で俺を見つめていたつばめの表情が急に艶っぽくなる。
つばめの言葉に合わせるかの様に列車は扉を閉め、アップライトで暗闇を照らした。
「ファーストキス、ここで貰ってくれない?」
俺はつばめの首に手を回し、そっと顔を近づける。
列車は俺達を祝福する様にメロディーを奏でゆっくりと走り出した。
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