第1話 告白
誰かに一度でも好意を持たれた事があっただろうか?
異性からの好意を持たれた記憶は少なからず無い。あったなら彼女いない歴=年齢というテンプレには乗っからない。
でも今のこの状況はどうだ・・・?
自分でも信じられないが、告られている。同僚で、しかも同一部署の黒崎つばめに。
黒崎とは入社当時の研修からずっと一緒に過ごす事が多く、配属も同じであれば嫌でも同じ時間を過ごすのは長くなる。
気さくで、気も利くが、ちとガサツな部分があったりもする。
なんでも完璧にこなすよりちょっと欠点があった方が人として親近感も出てくる。 そんなせいか長いこと一緒に居ても疲れない。
どちらかと言えば男友達といる様な感覚に近いのだ。
俺も完璧に仕事をこなせる訳ではないので彼女のフォローに助けてもらいつつ、俺も彼女のガサツさが生む不足部分を補うというウィンウィンの関係でもあった。
しかしながらあくまで仕事上の話であり、仲の良い同僚と思っていた。
そんな好意を向けられる程の事をしたっけかな?これが俺の率直な感想である。
「えぇっと、黒崎さん??? 突然すぎて頭が追いついていないのだが、何ゆえに俺を好きになったのだ?
もちろんその好意自体は嬉しい限りだが、どうにも心当たりがなくてさ。
特段顔がいい訳でもないし、カリスマ性とか持っている訳も・・・」
我ながら情ないが事実なのだ。
何かしら異性を惹きつけるものがあれば男女交際の一つや二つ位はあったと思う。
このまま拗らせて三十過ぎても童貞を守って魔法使いになってしまうのではないかと危惧すら感じていた。
そんな心配をよそに彼女は恥ずかしさを抑えつつ、ゆっくりと話し始めた。
「あのね、研修で初めて会ったじゃん。その時は優しそうな人だなって感じていたけど、実際研修中は色々フォローしてくれたり、励ましてくれたよね?」
まぁ、その程度はしますよ。
新入社員同士で仲間意識が乏しい奴ならともかく、せっかく一緒になった訳だからできる限りの事はしたいと思うのは俺だけだったのか?
それはともかく、だからと言ってこれまでその先に発展する様な事は残念ながら一度も無い。いわゆるいい人止まり。
それ以上の魅力を異性には感じてもらえないのが俺なのだ。
もしそんな事で好意を抱いていたなら、チョロくね?黒崎・・・(汗)
「あたし、こういう性格のせいか励ます事はあっても励まして貰ったり親身に話聞いて貰えるのって皆無でさ。正直嬉しかったんだよね、しかもその場限りでなく今も続けてくれているのも嬉しいんだよ。」
「うんまぁ、黒崎が頑張っているのは俺にもわかるし、そうしているなら応援したくもなるからな。」
それは率直な感想だった、特別彼女だからということではないのだが、感化されるというか何かそんな感じだった。
自分でもよくわからんけどそういう風に動いてしまう基本プログラムが書き込まれているのではないか?
なんて馬鹿な思考を巡らせているとは思っていない彼女は話を続ける。
「それとね、名前を褒めて貰ったのがとても嬉しかったんだ。覚えている?研修でペア組んで少し後に名前の話になったこと。」
その話は覚えていた。
つばめという名前の響きがいいこと、鳥の燕の様に活発で作業の速さも燕の如くで、名は体を表すと言った所だ。
俺は彼女にとても似合っていて素敵だと褒めちぎっていたっけ。
「あたし自身は好きじゃなかった、父さんは女の子の名前を特急の名前から取って来たんだよ?なにそれ?意味わかんないっ!!ってさ。」
つばめという列車名は九州新幹線だったな、確か。
黒崎パパは鉄ちゃんか・・・?
「お父さん曰く、つばめという名前は古くから使われている名前なんだって。
戦前からあって、九州の特急で復活して今は新幹線につけられているんだけどさ。
そうやって長い年月を経ても人々に愛される人になって欲しいのと、特急と言えばつばめと言われる様に何かしらの代名詞になる様な立派な人になって欲しいからだって言うんだ。」
なるほど、確かにそう語られれば親の願いもわかるし、いわゆるキラキラネームよりはまともな名付けをしたのではなだろうか?
「気持ちは嬉しいのだけれど、女の子につける由来としては恥ずかしくて言えないから好きじゃなかった・・・。
でもあの時素敵だって言ってくれた時、初めて自分の名前がつばめで良かった思えたんだ。由来は話さなかったけど、自分の名前を好きになるきっかけをくれたから少しずつ意識してきたんだ。」
自分自身でも驚いた、こんなに彼女に影響を与える言動を無意識にしていたとは。
例えば下心があって、彼女の隙をついて落とす技量があれば意図的に出来たかもしれない。
でも実際は彼女を異性として特別に扱う事もしなかったと思う。(力仕事を率先して変わるはあったにしても)
自分の言動が彼女に大きく影響していた事に驚きを隠せないままでいるが、一方彼女の方は思いが込み上げているのか、言葉を続ける。
「同じ配属になってさ、勝手に運命的なものまで感じてきちゃったんだよね。
さっきも言ったけど今も変わらず接してくれるからどんどん意識しちゃって。
だからなんだかんだ理由付けて飲みに誘ったり、休みまで連れ出す様にしちゃってたんだよね。そんな事しても迷惑がらず一緒に楽しんでくれた事が嬉しくて!」
ぱあっと花咲く様な笑顔でこちらに話しかける彼女、相当嬉しかったのだと鈍感な俺でも伝わってくる。ものすごく可愛い素敵な笑顔だ。
「だから好きになるまで時間も掛からなかった。益々自分の中で存在が大きくなって・・・。」
先程の笑顔から一転、耳の先まで真っ赤に染まり、もじもじしている。
なんだこの可愛い生き物は?
普段は活発な面ばかりが表立ってしまうので、黒崎にこんな乙女なところあったとは思わなかった。
そしてそんな感情を抱えながら彼女は俺に接していたのにも気づけなかった。
冷静に考えれば同僚の枠を超えて既に友人の様な関係にまでなっていた事にも気付けていないなら当然なのだろう。
正直、ここまで気心許せると心地良すぎて当たり前の様にある空気と言ったら失礼なのかもしれないが、そういうニュアンスになっていたと再認識する。
「それで・・・、返事はどうだろうか?突然過ぎて慌てていたからまだ落ち着かないかもだけど、あたしは好きなんだ。言わない後悔と、言わずに彼女が出来るのは我慢が出来ない程・・・。」
さっきの話でスイッチが入り、不安感を煽ってしまったか? 先程とは打って変って涙ぐんできている。
「関係が壊れるかもしれない怖さも今すごくあるんだ、圧し潰されそう。でも、でも!」
そんな彼女を見て、これまでの関係がなくなったら・・・と、ふと考える。
あれ?なんだろうこの不安感。
勝手に想像しているだけなのに、なんでこんなに締め付けられる?
気づかなかった、彼女を失う怖さがあったなんて。
関係が崩れればそこにいる黒崎はこれまでの黒崎ではなく、もう別人だろう。
そんな未来を受け止められるのか?の自身の問いに心は即答した。
受け入れられない
俺は黒崎つばめが好きなんだ・・・
「・・・・・・・・た? お・・・ど・・した? だい・・・か?」
途切れ途切れに聴きなれた心地いい声が耳に入ってきた
それがどれだけ幸せなことか、当たり前だからどれだけ大事なものか・・・
失ってからでは遅いのだ。
視界に不安げな彼女の顔が入る
彼女にこんな表情はさせたくない
さっきの花咲く様な可愛らしい笑顔を絶やさぬ様、大事にしたい
彼女の細い腰にゆっくりと手を回す
――――こんなに華奢なのか、こいつ
守ってやらなきゃって否応にも感じる
突然の事で狼狽する彼女をゆっくり優しく抱きしめる。
どの位時間が経っていただろうか?
一瞬なのか、何時間だろうか正直わからない。
彼女の温もりだけが現実である事を認識させてくれる。
俺は心の内を抱きしめながら彼女に話す。
失うのが怖いと。そしてつばめが好きだった事に気づけた事も。
彼女は笑顔のまま、くしゃくしゃになって泣いていた。
俺もいつの間にかもらい泣きしていた。
こんなに幸せな気分で泣けるなんて思ってもみなかった。
大事なものはすぐそこにあるのだと気づかせてくれたつばめ、彼女の全てが愛おしくなった瞬間だった。
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