スケルトンとジェンダ―
今日も今日とて、新米冒険者と戦ってはやられるスケルトンたち。
一仕事終え、魔女である少女に直されたのちに『控え室』へと転移させられると、それぞれの定位置で一休みしようと思い思いに動き始める。
「突然なんだけどさ」
スケルトンのAさんが、ボロボロの剣(元から)を壁に立てかけながら声を上げた。
「何すか?」
Bさんが『控え室』の椅子に腰掛けながら答えた。
「ゴブリンって怖いよね」
「ほんと突然すね」
「だって、あいつら女性をさ、ほら、……襲うだろ?」
「ああ、聞いたことある。ひどいっすよね~」
「だろ? ゴブリン怖すぎん? 俺たちはそんなことしないじゃん。する意味もないしさ」
「まあな、オレたち骸骨っすもんね、何もない」
「そう、いうなれば―――」
Aさんはおもむろに足を肩幅に広げ、生身なら何かがある下半身を両手で指さして言った。
「安心してください! 何もないですよ!」
「ああ、そっすね。でも最近さあ、女の子の冒険者も増えてないっすか?」
Aさんは明らかに渾身のギャグの勢いで言ったものの、Bさんには伝わらなかったのか、スルーされた。
「そうですね、確かにそれは感じますね」
その後どうしたものか分からずAさんは固まっている。Cさんは優しさからそれをスルーしつつ、自分の席に付いてその会話に参加した。ちなみにDさんは、すでに一つだけある壁向きの一人用のテーブルで突っ伏していた。
「そうそう! この前、思わず指導しちゃったよ、俺。いくら後衛の魔術師だからって、ビクビクしてたら、何もできないぞって、腹に力入れて! って」
「それな! 分かるっすわ。言いたくなる」
にわかに動き出したAさんが、ギャグが認識されなかったことを誤魔化すかのように会話に加わり、Bさんがそれに同意する。
CさんはAさんの誤魔化しに気づかないふりをしつつ、会話にうんうんと頷く
(これも優しさですね)
「最後はちゃんとやられてあげてさ。あの娘、初めて魔術でちゃんと魔物を倒したみたいで、嬉しそうだったよ。ありがとうございます! なんて言ってたしな」
「こっちはやられてんすけどね」
Aさん、Bさん、Cさん、三体の笑い声が上がった。
「ところで、俺らって男なの? 女なの?」
Aさんがふと疑問を口にした。
「え、あれ、男なんじゃないんすか?」
Bさんもよく分からずに曖昧に返答した。
「骨盤の形が、男女で違うらしいですよ?」
Cさんの言葉に、座っている二人の視線が、立っているAさんの骨盤に注がれた
「どこ見てんのよ!!」
思わず女性口調になるAさん。
「いや、立っているから、ついっすね」
「あ、はい、特に他意はなく」
「自分の見ろよ、自分の!」
三体は、自分の骨盤に視線をやろうとしたところで―――
「わたしはどちらでもないですよ~。どちらでもいいですし~。骸骨ですから~」
Dさんが上半身を起こし、ニョロニョロしながら声を上げた。
「そ、そうっすね。どっちでも関係ないっすね」
なぜか少し焦った様子でBさんがいう。
「姐さんに聞いてみてもいいんじゃないですか?」
そう、彼らはアンデッドのスケルトンではなく、魔女によって作られたボーンサーバントである。言ってみれば骨によって作られたゴーレムのようなものであり、人格については結果的についたようなものであるらしいから、造り主に聞いてみるのが早かった。
「「姐さーん、姐さーん」」
AさんとBさんが声をそろえて読んだ。
「何? そっちから呼ぶなんて珍しいわね? あといいか加減『姐さん』はやめてよ」
とんがり帽子とローブを来た少女が現れた。格好は魔女らしいが、若干背が低い。
「まあいいじゃないですか、実はかくかくしかじかで……」
三人が今ここでしていた話の内容を説明した。
「性別ね。んなもん、考えてなかったけど……」
魔女の少女の答えは、皆の予想通りのものではあった。
「でも、話している感じは、あんたらは男だよね」
三人はそう聞かれても、顔を見合わせて首を傾げていた。
「言われてみれば、俺らの話口調はそうなんだけどもねえ」
「オレも、いざ聞かれるとよく分かんなくて」
「証明する『何か』があるわけでもないですからね」
「え、別に今からでも好きにしたら? 自己申告でいいわよ。Cさんの言う通り、あんたら骨しかないんだから」
みんなが顔を合わせ、しばしの沈黙が続く。
ようやく出た言葉は、
「ま、まあ今のままでいいよな」
Aさんのそんな台詞であった。
彼らの中では、何となく自分が男であるような気がしていた。生身の肉体がないから、分かりやすく証明する『何か』はない。しかし、骨盤を見れば、この骨が男性のものか女性のものかは分かるらしい。ただ、もし、それが自分の感じている性別でなかったらどうしたらいいのか、そんな不安を感じていた。人間とは違うのだがら、骨盤一つで何が決まるわけでもないはずなのに。
「ンフフフ~、だから骸骨は骸骨ですって~」
Dさんのそんな言葉は、三人の心情を見透かしたものであった。
「はいはい、そんなことより、また新米冒険者が来たみたいよ。さ、お仕事お仕事」
「お、おう、行こうぜ!」
「おっしゃ、は、張り切っていくっすよ!」
AさんとBさんが空気を振り払うために、いつも以上に大きな声を上げて、準備を始めた。
ほどなくして、少女によって四体のスケルトンたちは、迷宮へと『転移』させられた。
— * — * — * —
四体は、いつの通りカラコロ音が立ちそうな動き方で、のそのそと動いていた。
そして、冒険者と思われる数人の姿が確認できたところで、ゆっくりと剣を振り上げたり、うめき声をあげた。それは威嚇というよりは、不気味さを強調するものだった。
「あ、もしかして、あのときのスケルトンさんですか?」
「あー……、あ? ああ、あの時の」
突然に声を掛けられ、Aさんは思わず、素の声を上げた。
「え、オレたちのこと、覚えてんの?」
「というか、区別がつくのですか?」
Bさんも、Cさんも、驚きのあまり、つい『控え室』いるときのような口調で話しかけてしまった。
普段は無言か、うめき声をあげるか、骸骨らしく無駄にカクカクするかである。
「あ、はい、何となくですが」
そう返答するのは、いつかAさんが指導をした魔術師の女の子であった。
「あ、げ、元気にしてた?」
「はい、そちらはどうでした?」
「はは、元気に決まってんじゃん。ほらピンピンだよ」
「あのとき、倒したはずなのに?」
フフフと笑う女の子。
「俺、スケルトンだからな。へへへっ」
指で鼻をこするような仕草をするAさん。
(なんだろう、この甘酸っぱい感じ……)
きっと、『なに照れての』と声を掛ければ『ば、ばぁろー、なに言ってやがる』て言うんだろうなと、Bさんは思った。
「Aさん、なに照れてんすか?」
「ば、ばぁろー、なに言ってやがる」
やっぱり言った。
そんなBさんの冷めた視線も、Aさんは気づかないほど照れまくり。
「見ているこっちが恥ずかしいですね」
Cさんもつい冷めた目で見つめてしまう。
「Aさんって言うんですか?」
「ああ、そうそう、スケルトンA。あいつらはBと、Cと、D」
親指で指し示しながら『俺の連れ』みたいな言い方している。
「完全にカッコつけてますね」
「そうっすね」
「で、今日はどうしたの? 藪から棒に」
((普段、藪から棒なんて言わないじゃん))
BとCが心の中でハモった。
「あ、実は私、冒険者をやめようと思って」
「えっ! どうしてまた」
Aさんが驚きの声を上げた。
「この前、Aさんに言われて、迷宮に挑むのは、私に向いていないなって、気づいたんです」
「そ、そうなんだ」
「だから、ここに来るのはこれで最後です」
少女の宣言に、Aさんは胸にぽっかりと穴が開いたような感覚に襲われた。もともと何もないけど。
「ま、まあ、それは仕方ないね。君みたいな娘が、こんな危ないとこ来ちゃいけないよな。俺も、その方がいいと思うよ。ちょっと……」
さみしいけどね。Bさんがそう言おうとしたところに、女の子が勢いよく言葉を重ねた。
「だから地元に帰って、結婚します」
「け、結婚!」
Aさんの声が裏返る。
「あ、Aさんの顎ずれましたね」
Cさんは冷静に状況を見ては呟いた。
「そうねっすねぇ」
Bさんは少しずついたたまれない気持ちになってきた。
「この人が彼です!」
唐突に始まった話がどんどん進むのでスケルトンたちは気が付いていなかったが、近くに控えていた他のパーティーメンバーの中から一人の男が歩み出ていた。
「ああ、この前もいた人ですね」
Cさんには彼に見覚えがあった。
「あ、はい、この前、Aさんの言葉を聞いて、そう言われている彼女の姿を見て、やっぱ俺が守んなきゃって思って……。だったら、迷宮なんか潜っている場合じゃないって思って」
「は、はあ」
Aさんは顎がずれたまま何とか頷いた。
「そうなんです。彼、あの日の夜、そうやってプロポーズしてくれたんです。もう全部Aさんのおかげだと思って」
二人は肩を抱き合い、少し見つめあうと、「「ありがとうございます」」とAさんに頭を下げた。次いで、他のスケルトンにも頭を下げる。
「Aさんにだけは伝えたいと思って、今日は来ました。会えて本当に良かったです」
「あ、うん、良かったね……」
Aさんはいつも以上に、骸骨らしく何もかもが抜けてしまった様子であった。
「じゃ、いこ」
「うん」
そうして、二人は他のパーティーメンバーとともに去っていった。
目的を達成し満足したのだろう。彼女らが振り返ることはなかった。
何と言ったらいいか、怒りか、悲しみか、虚しさか、混ぜこぜになった感情が、Aさんの胸に渦巻いていた。
いつも同じノリでいるBさんは、そんなBさんだからこそ何と声を掛けたらいいか分からず、ただAさんの肩を叩いた。
「Bさん。俺、一つ気づいたよ」
「何すか?」
「オレ、いま間違いなく男だ」
「……そうっすね。どうしようもなく、男っすね」
Bさんは、確かにAさんの涙を見た気がした。
「いま、そのときの感情、それは間違いない真実ですからね~」
Dさんはこんな時もニョロニョロして、そして深かった。
「いや、あの女の子、変な子ですよ、どう考えても」
終始冷静だったCさんは、その空気に乗り切れなかった。
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