すけるとん’ズ

マサムネ

スケルトンとアイデンティティー

 ここは霧に満ちた世界。

 悪神によって生み出された霧からは魔物が生み出され、人々を襲い、人々は善神によって与えられた魔術や、あるいは人自らの力によって、それに抗っていた。

 そんな世界の中心には、『根源の大穴』と言われる迷宮が存在していた。

 その最奥には霧を生み出す『根源の魔物』が存在すると言われており、それを打ち滅ぼすことで世界を覆う霧は消失すると言われているが、いまだそれを成し遂げたものはいない。


 『根源の大穴』には多くの冒険者たちが挑戦し、人が集まり、そして街が出来た。


 今日も今日とて、多くの冒険者がその迷宮に挑む。


 その中には必ず初心者が存在する。

 そして、彼らにとって初めての探索で、初めて出会う魔物がいる。


 それは、何故か四体のスケルトンたち。


 少し慣れてきた冒険者は何故か出会わないが、新米冒険者は必ず出会う、不思議なスケルトンたちであった。




 『根源の大穴』の入り口から進み、外の明かりが届かなくなるころ、まだ迷宮と言いながらも天然の洞窟に近い場所で、それは現れる。

 今日も、新米冒険者の前に立ち塞がり、そして、倒される。


「ああ、ビビったあ」

「でも、動きもゆっくりだったし、問題なく倒せたね」

「よし、いける! 自信をもっていこうぜ!」

「おおー!!」


 四人の冒険者たちは、自分たちが蹴散らした骨の残骸を一瞥した後、少しの自信を胸に、その歩みを進める。ポツリ、ポツリと、人工的に設置された壁の明かりが、彼らを『大穴』の深淵へといざなっていく。


 所々砕け、ばらばらになった骸骨たちは、洞窟の自然な風景と化していた。


「はいはい! いつまで寝ているの! さっさと起きる!」

 冒険者たちの姿が見えなくなると、少女の声と手を叩く音が響き渡った。


「姐さん、起きるって言っても俺たちはバラバラなんですぜ? そりゃ無理ってもんですって」

「そうっすよ。それはオレたちの台詞っすよ。さっさと動けるようにくっつけてくださいっすよ」

 スケルトンAとスケルトンBは、偶然のはずだが顔だけが転がると、何となく声のした方に視線を向けた。骸骨だから眼下に眼球は存在しないが、何となく視線を向けているように見える。

「それには僕も同意します」

「わたしもです~、フフフ~」

 それにスケルトンCとスケルトンDの声も続いた。


「文句が多いわね、あなたたちは…………ほいっ!」

 視線の先にいたとんがり帽子とローブを羽織った少女――見た目は小柄ではあるが、魔女と思われる装いだ――が何かを唱えると、骨が不自然に浮き上がり、組み上がって四体の骸骨が直立した。


「え、あ、ちょっと姐さん! 俺の大腿骨とBさんのが入れ替わっているよ!」

「あ、ほんとだ、体が傾く」

「わたしの手なんて、一緒に戦ってくれたゾンビドッグの手ですよ~」

「ああ、もう、ちょっとしたミスよ! ……はい、これでどう!」


 少女が呪文を唱えると、それぞれの大腿骨がひとりでに動き出し、入れ替わる。

「おお、しっくりくるぜ」

「さっきの冒険者に折られたところも、しっかり治ってるすね。よし、傾かない」

 AさんとBさんは満足そうに足を踏み鳴らしていた。いたるところの骨がぶつかりあり、コツコツと音がする。


「わたしの手はまだですか~」

「Dさんは相変わらずニョロニョロねえ、はい」

 少女の掛け声に、ゾンビドッグの骨がポロっと落ち、そこらに落ちていた別の骨がくっついた。

「おお、これです~」

 Dさんは嬉しそうに、両手をバンザイしたい姿勢で体を揺らしている。それが硬い骨なのにニョロニョロクネクネと曲がって見えるから不思議だった。硬い細長い棒を、軽く持って揺らしたときに曲がって見える目の錯覚なのだが、目のない骸骨にもその錯覚が通じるのは謎。


「さて、これでみんな直りましたね。姐さん、みんなを控室に連れってください」

「そうだな、Cさんのいうとおりだな―――って、ああああ!」

 AさんがCさんの顔を見て大声を上げた。

「お前、頭がめっちゃ陥没してるぞ! てか三分の一ないよ」

「ほんとだ! Cさん、それはまずいっすよ! 姐さん、直してよ」

 続くBさんの言葉に、少女もどれどれとCの顔を覗き込む。

「あらまあ、こりゃダメね」

 覗き込むまでもなく、頭のてっぺんから頬骨あたりまで、鈍器で殴られたように割れている。

「こりゃ、いけないわ。新調するしかないね。みんなは先に帰ってて、Cさんは一旦あたしと工房に行くわよ」

 そうして、少女が呪文を唱えると、忽然と三体のスケルトンの姿が消えた。

 次いで、一人残されたCさんと少女の姿が同時に消えた。



 — * — * ― * —



 Aさん、Bさん、Dさんが魔術によって転移させられたのは、彼らの『控え室』と呼ばれる場所だった。四人掛けのテーブルと、寝て休む用のベッド――スケルトンに必要かは謎だが――が設置してある。一つなぜか壁づけに置かれたテーブルがあって、そこにいつもDさんは突っ伏している。


「Cさん、大丈夫かな」

「大丈夫っしょ? だってオレたち、スケルトンだし」

「……そっか、スケルトンだもんな。じゃあいいや」

 AさんとBさんはテーブルで向かい合って座り、Cさんの心配をしたのも束の間、他愛のない話を始めた。結構お気楽な二人である。

「お疲れ様です」

 じきに、Cさんが姿を現した。CさんはAさんやBさんと比べると丁寧で礼儀正しい。

「お、帰ってきたっすね。ちょっとイケメンになった?」

 Bさんがそんな感想を漏らす。

「え、そうなんですか? 骸骨ですよ?」

「ちょっと掘りが深いような、眼窩がツリ目ガチというか……」

「え? 俺らにもツリ目とかタレ目とか、そんな属性あんの?」

 AさんもまじまじとCさんを見た後、自分の眼窩に指を突っ込んで確認した。

「ああ、俺ちょっとタレ目かも? イケオジ?」

「分かんねえっすよ。ツリ目でもイケオジいるじゃん。てかオジさん確定?」

 AさんとBさんは、口調は違えども、ノリはよく似ていた。

「僕にはわかりませんけど、頭全部取り替えましたから、そりゃ違うんでしょ」

「え!」

 Cさんの言葉に、Aさんが驚愕の声を上げた。

「どうかしましたか?」

「お前、本当にCさんか?」

「Cですけど」

「だって頭が変わってんだぜ? 人間、頭変わったら別人だろ?」

「いや、僕たち骸骨ですし」

「……俺たちの脳ってどこにあるんだ?」

「いや、だから骸骨ですし」

「間違えた。なんていうんだ……そう、意識! 俺たちの意識はどこにあるんだ?」

「やっぱ、ここじゃねっすか? ハート」

 Bさんは親指で、自らの左胸当たりをつついた。

「いや、だから僕たちは骸骨ですって」

 だから胸もスッカスカ。

「ンフフフ~、『我、思う、ゆえに、我あり』ですよ~」

 机に臥せっていたDさんが突然上半身を起こし、ニョロニョロしながらそういった。

「「「……はあ」」」

 三人の理解できていない頷きが重なる。Dさんは「ンフフフ~」と笑いながら再び突っ伏した。

 ちょっと不思議なDさん。心なしか、頬あたりが赤くなっているような気がした。

「たまに深いこというよなあ、Dさん」

 Aさんはそういうが、深い気がするだけでどう深いかまでは理解していない。

「Cさんよりもインテリ系なんじゃねっすか?」

「インテリというよりは、哲学者っぽくね?」

「おおー、そんな感じ」

 何故かAさんとBさんは「イェー」といってハイタッチしていた。

「ただの酔っ払いですよ」

「「いや、骸骨、酔わない、酔いようがない」」

 CさんはAさんとBさん二人に突っ込まれてしまった。

「でも俺たち、スケルトンなら、生前の記憶とかあるのかなあ」

「どうなんっすかね。あんまり意識したことないっすねえ」

 AさんとBさんの呟きに、Cさんも一緒になって首を傾げる。


「何言ってんの、あんたたちはアンデッドじゃないんだから、生前なんてもんはないわよ」


「「「え!」」」

 突然現れた少女の言葉に、三体のそろって驚きの声を上げる。

「ついつい呼びやすくてスケルトンって呼んじゃうけど、正しくは『骨の従者』、ボーンサーバントよ。言ってみれば、骨のゴーレムみたいなもんよ」

「「「えー!!!」」」

「ンフフフ~」

 三体はさらに驚きの声を上げ、Dさんだけ不敵な笑い声をあげる。机に突っ伏しながら。

「じゃあ、この意識は何なんですか?」

「うーん、それはあたしのちょっとした『粋』? みたいな?」

「みたいなじゃねーし、俺らのこの人格? いや、ほね格? 姐さんに作られたもんなの?」

「いや、あたしもそこまで設定してないし、何となく意識つけたら、何となくあんたらになった」

「何となくって」

 Cさんは驚愕の表情(の雰囲気)を見せた。

「そっか、何となくこうなったのか」

「じゃあ、そういうもんなんすね」

「え、それでいいんですか!?」

 納得するAさんとBさんに、表情(の雰囲気)に加えて驚愕の声を上げるCさん

「だって」

「ねえ」

 絶対こいつら何も考えていないといった表情(の雰囲気※以下略します)を見せるAさんとBさん。

「ンフフフ~」

 不適な笑いを見せるDさん。


「あたしからあんたたちに命令したことは三つ、はい」

 そう言って少女はAさんを指さす。

「ヨホホホーって笑わない!」

 続いてBさん。

「アフロのかつらはかぶらない!」

 続いてCさん。

「パ、パンツ見せてください、とか、言わない!」

 真面目なCさんはちょっと言いにくそうにしていた。

「あと、バイオリンもNGですかね~」

 Dさんが備考を追加する。

「そうそう、ね? あんたたちは海賊じゃないんだから……」

「「「海賊?」」」

 Aさん、Bさん、Cさんは首を傾げた。

「いろいろあるんですよね~。ンフフフ~」

 Dさんは上半身を起こして、楽しそうにニョロニョロと体を揺らしていた。

「そうそう。あんたたちはその点だけ言うこと聞いててくれればいいの、骸骨だから骸骨としての性質はしょうがないしね」

 少女の顔には、少し不安げな表情と、嫌な汗が浮かんでいた。


「はいはい、バカな話していないで、そろそろ次の新米が来るよ」

 少女は両手を叩いて、気を取り直すと、みんなに号令をかけた。

「ちゃんと初心者には優しくするのよ。ゆっくり『あ~~~~』って感じでね」

「それ、結局アンデッドぽい」

 あっさりと気持ちを切り替えたAさんはそう呟きやきながら、刃こぼれしまくりの剣を手に取った。他の三人も立ち上がり準備が終わると、少女の呪文で洞窟に転移させられた。

 しかし――

(我、思う、ゆえに、我あり……)

 困惑を抱えたCさんの胸には、その言葉が深く刻まれ、一つの決意が芽吹いていた。



 ― * — * — * —



 予定通り新米冒険者に人たち襲い掛かりつつも、相手を傷つけない程度でやられたスケルトンたちは、バラバラになって迷宮の入り口に転がっていた。

 しかし、明らかに一体分少なかった。


(よし、いまだ)


 新米冒険者が姿を完全に消してしまうと、少女が現れて、また『控え室』戻されてしまう。

 Cさんは岩陰に隠れると、普段とは比べ物にならない速度で、暗がりに隠れながら移動し、冒険者たちに気づかれないように入り口に向かっていた。


 そこには、外の明るい光があった。


(僕は、ここから抜け出すんだ。同じ日々の繰り返しではない、新しい日常を目指して)

 自分がアンデッドではないのなら、この人格は間違いなく今の自分に宿りしもの。

(自由に生きたっていいんじゃないか? 僕は、ここで新米冒険者にやられるだけじゃない、新しい自分になれるんじゃないか?)

 今までの自分が、ここに縛り付けられた存在と思い込んでいた。いや違う。自分が自分であると証明するために、ここから抜け出す必要があるんじゃないだろうか。

(やれるさ、きっと。僕は、今よりも大きな自分になれるはず。骸骨だけど、いっそ骸骨なら骸骨でも、もっと大きな存在に!)

「なってやるさ、骸骨王に、僕はな――」

 そう意気込んで迷宮の外に出ようとした瞬間だった。


 バラバラバラバラ……


 Cさんの体はバラバラになって、その場に積み重なった。


 返事がない、ただの屍のようだ。


「ああ、もう、だからあんたはボーンサーバントなんだから。サーバントってわかる? 従者よ? あたしの力が及ぶところしか生きられなくて、それはこの『大穴』の中なんだから」

 少女が現れると、Cさんを構成していた骨を箒で迷宮内に履きいれた。そして呪文を唱えると、その骨は再び組み上がってCさんとなる。

「さ、帰ろうか?」

「……はい」




 『控え室』に戻ると、いつもDさんが突っ伏しているテーブルにCさんが座り、頭を抱えていた。

 その横で、DさんはCさんの肩甲骨あたりを優しくさすっていた。

「そういう時期、ありますよね。うんうん、大丈夫です。誰もが通る道ですよ~」

「あ、ああ…あああ……違うんです。ちょっと魔が差したんです。別に今にそんな不満があるわけじゃないんです。ああ、なのになんで僕はあんなことをぉぉぉ……」

 Cさんは呻くように、何かに言い訳をしていた。

「飲んで、寝て忘れましょう」

 Dさんの眼差しは優しい。目も瞼も表情もないはずなのに、優しい。

((いや、骸骨飲めないし))

 AさんとBさんは内心突っ込みながらも、言葉には出さなかった。

「でも、Cさん、言ってたな」

 Aさんがぼそりと言う。

「うん、骸骨王って、言ってたっすね」

 Bさんもぼそりと答えた。

「以外と心はアレなんだな」

「うああああああ!!!! 違うんです。気分が舞い上がってたんです。そんなの目指してないですぅぅぅ!!!」

 AさんとBさんの呟きが聞こえてしまい、Cさんは一際大きな鳴き声を上げた。

「いいんですよ。考えない骨より、考える骨でありましょう。たとえサーバントでも」

 Dさんや優しく、そしてその一言は深かった。



 Cさんが吹っ切れたころには、なぜかDさんと一緒にニョロニョロしていた。


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