第5話 真相

 ウェブブラウザの検索窓にキーワード――住所・アパート名など――を打ち込んだ。すると、パソコンの画面にはおびただしい数のサイトがヒットした。

 うわ、すごい出てきた。百万件ヒットってマジかよ。

 あのアパート、相当有名なだったのか。

 無関心な学生生活を送っていた俺は、快速数分の圏内で起きた事件すら知らなかった。


 検索画面に現れたのは、アマチュア犯罪研究家のサイト、某匿名掲示板、まとめサイトなどで。その中には事件当事者のSNSもあった。

 ひと通り調べ終わるころにはすっかり日が暮れていた。


 二つの事件はイカれていた――そうどちらもだ。


 まず五年前の事件。

 Y村は『無理心中』と表現した。

 無理心中――俺は苦笑を禁じえない。Y村という男、紳士だと思っていたが認識を改める必要がありそうだ。あいつはなかなかの食わせ物だ。

 無理心中――それは何重もの厚いオブラートでくるんだ言い方だ。そんな言葉で片付けられるような事件じゃない――。


 第一発見者であるT田不動産の職員が目にしたのは酸鼻きわまる光景だった。

 壁や床、天井にまで飛び散った赤黒い血しぶき。ごみのように転がる肉片や骨の欠片。開いたままの冷蔵庫に収められていたのはの体の一部。そして天井からぶら下がるの首吊り死体――。


 男は虐殺された。そして手を下したのは、首吊り死体で発見された同居の女――名前はM姫――だったのだ。


 M姫は恋人を殺したあと、居間で(そう、居間でだ)男を解体した。この時ブルーシートやビニールシートなんかであたりを保護していなかったから、床や天井に血しぶきなどが散らばったのだ。

 体の一部は冷蔵庫にしまわれ、他の部分はビニールプールに集められた。

 なぜ冷蔵庫に? なぜビニールプールに? ――隠匿のため? 


 ――違う。M姫が肌で楽しみ、舌で味わうためだった。


 M姫が死体と暮らしはじめてから三日目の夜のことだった。男の携帯に電話がかかってきた。男の実家からだ。何も知らずM姫に消息をたずねてきた家族に対し、M姫は答えた。

『好きなんで殺しちゃいました』


 その後、M姫は自らの人生に終止符を打った。

 スピーカーからAC/DCの「地獄のハイウェイ」を最大音量でかけ、天井にロープを固定した。

 首をつった。

 近隣住民から騒音の通報があって、不動産屋が駆けつける羽目になった。そして前出の光景を目にした。


 以上が五年前の事件の顛末てんまつだ。


 一方、一年前の事件とはなにか?

 ごく簡潔に述べよう――五年前を模倣した事件だった。バラバラの。ビニールプール、ミニ冷蔵庫……そんな小道具が持ち込まれた。Y村が述べたように犯人はまだ捕まっていない。


 背筋の凍るような事件だが、俺が動揺している最大の理由は事件そのものではない。


 M姫の顔写真を見たのである。

 それは匿名掲示板のログに残っていた。怪しい文字列をクリックすると、パソコンに画像がダウンロードされた。

 M姫は……かわいい女だった。ロリ系ってやつで、丸顔に大きな瞳、やわらかそうな厚い唇。黒髪に白い肌のギャップ――。


 M姫はきょうあの部屋でみたビキニの女とだった。

 いや、そんな表現では生ぬるい。俺の感性が訴えている。

 馬鹿な。ふざけてる。M姫は死んだんだ、五年前に。あの部屋にいまもなお存在するなんて、そんなことがあるはずがない。

 でも、論理を超えたところで理解した――M姫はまだそこにいるのだと。


 ブーン!


 沈黙を切り裂いて携帯電話が振動した。昆虫の羽音のような音に俺は驚きを禁じ得なかった。


「T彦……!?」

 画面に表示された、その名前。胸騒ぎがした。


「もしもし」

「U村! おい! 俺だ! T彦だよ!」

 場違いなまでに明るい声が聞こえてきた。

「ああああ、最高だ。最高だよ、U村! お前も来いや! 早くしろ!」


「T彦、お前どこにいるんだよ」

「はははっ。U村、それを知らないお前じゃねえだろ。当然だよ、203号室だ」

 背筋を氷の塊でつらぬかれたような感覚だった――やつは203号室と言った。


「何いってんだよ、お前。嘘つけよ」

「あれからずっとM姫ちゃんと過ごしてたんだよ。この子最高だ。顔よし、体よし、テクも最高。お前のこと話したら興味持ってよ。お前も連れて来いって言ってるんだよ」


「だから、お前本当どこにいるんだ⁉︎」

「203号室だよ、203号室。早く来いよ。間に合わなくなっても知らんぞー。M姫ちゃんも待ってるってさ」

「U村くん、待ってるよ」――女の声。


「じゃあな、U村。チャンスを逃すなよっ!」


 ――U村くん、待ってるよ。

 スマートフォンを俺は取り落とした。

 女の声――まるで水銀を飲み込んで喉を潰した人間が、無理やりふりしぼっているような声だった。

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