後夜「復讐の果てに」

それからの修行は地獄だった。自分が思っていた以上のトレーニングが待っていた。徹夜でトレーニングは当たり前、休憩は数十分あればいい方だった。


「休むな!奴らは待ってはくれないぞ!」


過酷なトレーニングは一年に渡って続いた。そしてようやく師匠との稽古が始まった。一撃でも当てれば合格と言われ、覚えた事をすべて使って技を繰り出すも師匠はまるで水のように避け、蜂のように刺してきた。何度も師匠の剣が体に当たる直前で止まる。


「これで十回目、お前は後何度死ぬ気だ?殺す気でこい」


一年かけてあんなにもトレーニングを行ったというのに一撃すら入れられない。基礎という基礎を叩き込まれてもなお、師匠には届かない。だが、こんなことで諦める訳にはいかない。家族の無念を晴らせるのは俺だけなのだ。


「次、お願いします」


剣を構える。師匠も剣を構え、立ち位置につく。そして師匠が先に動いた。その時、きっと俺はゾーンに入っていたのだろう。師匠の動きがゆっくりに見えたのだ。


「今だ!」


師匠の懐に入り込み剣を直前で止める。剣を当てることは出来なかった、何故なら師匠の剣が俺の首に触れていたからだ。だが、師匠は少し笑みを浮かべて言った。


「惜しかったな、だが、合格だ。まさか一年と半年でここまで来るとはな、お前はセンスがあるよ」


初めて師匠の笑った顔を見た。・・・母さんの笑った顔を思い出した。そして、師匠は俺を連れてケモノ狩りを行うようになった。ほとんどは師匠が狩り殺すが、一、二体は軽々と倒せるようになった。そうして更に半年の時が過ぎた。その頃にはもう師匠がどう動いて次に何を狙っているかが分かるようになっていた。師匠が動きやすいよう他のケモノを銀の銃弾で動きを止めさせ、怯んでいるところを銀の剣で斬り裂いた。最後の一体を師匠が斬り殺し、師匠は俺に言った。


「やるようになったな、私と同じくらいケモノを殺せるようになった」


「・・・まだだ、まだ足りない。この程度で満足していたら奴を、白銀のケモノを殺せない」


「・・・そうだな」


師匠は少し悲しそうな顔をしていた。師匠と行動を共にするようになってから気付いたことがいくつかある。師匠は満月の日には必ず俺の前から姿を消すということ。次の日には何も無かったかのように戻ってきている。そして、戦闘中に関してだが、満月が近付く程に師匠の力と速度、剣のキレが上がっていっているのが分かる。だが、それと同じく目が血走り、呼吸が荒くなり、気分が高揚しているように感じた。・・・嫌な予感がする。一ヶ月をかけて師匠の足取りを捉えられるようになった。上手く痕跡を消していた為かなり時間がかかったが、今度は必ず見つけられる。自信があった。外に出るとやけに空が明るいことに気付いた。・・・あの日と同じ忌まわしきスーパームーンだった。今日はやけに静かだった。奴らの気配がない。まるで何かを恐れているかのように。師匠の痕跡を追って山の方へと登っていく。すると、獣道にケモノ達の残骸が転がっていた。初めは剣で切断されたが、次第に何か爪のようなもので引き裂かれた残骸が増えていった。


「・・・まさか、な」


嫌な予感が止まらない。手が汗にまみれている。額に汗が浮かぶ。呼吸が乱れ始める。そんか自分を何とか落ち着かせる。だが、心臓の鼓動だけが煩く耳に響く。山の頂上に辿り着くとそこには奴が居た。憎きケモノ、白銀のケモノ、俺の復讐すべき相手が。一歩前に進むと、白銀のケモノがこちらに気付いたのか勢いよく振り返り喋った。


「そこにいるのは誰だ!?・・・お前・・・何故ここに・・・」


白銀のケモノは動揺しているようだった。その隙を見逃すわけがない。教えの通り銃弾で四肢に風穴を空ける。ケモノは傷をすぐに再生してしまう為、一気に決める。白銀のケモノの四肢を切断し、腹を踏みつけ、剣を首に突きつける。


「・・・何故だ、何故あんたが・・・何故俺の家族を殺したんだ・・・師匠」


白銀のケモノは血走った眼で俺を睨みつける。俺に噛み付こうと切断された四肢を動かしもがく。だが、無意味だ。その時、あの時と同じように雲が月を覆い隠した。すると、白銀のケモノは落ち着きを取り戻し、再び喋り始めた。


「・・・強く、なったわね」


「・・・どうして俺の家族を殺した?」


「・・・私は他のケモノと違って人間に戻れた。でも満月の日になれば殺人衝動を抑えきれなくなる。だから、人を殺さないように人から遠ざかり、ケモノを殺し続けた。でも月が大きくなる日は抑えるという思考さえ無くなった。気付けば私は意識を失い、人を殺していた。」


「スーパームーン・・・そしてそれがあの日だった・・・」


「そうよ、こうして雲が月を隠している間だけ私の思考は戻った。」


「・・・だからあの時俺は見逃された」


「私は人を殺してしまったことに酷く動揺してすぐその場を去ったわ。そして7年の時が過ぎてお前に出会った。そしてあの言葉を聞いて確信した。あの時の少年だと。陰で戦っているのを見て戦闘センスがあるのは分かっていた。だからお前なら私を殺せるんじゃないかと思った。だから育てた・・・復讐を果たしなさい。教えたはずよ、四肢を切断しても時間が経てば治ってしまう。その前に斬り殺すの。時間がない、早く」


師匠に催促されるまま、俺は師匠の首を切断した。・・・何故だろう、俺は今凄く落ち着いている。仇を取ったから?違う、師匠を失ったから?違う。復讐を終えて燃え尽きたのだ。だが、俺はケモノを狩ることを辞められない。俺のような子どもを生み出さない為にも。だから俺は戦う、殺し続ける。・・・獣のいるこの夜に。俺は踵を返して山から去った。そして、ケモノを狩り続けて数ヶ月が経った時、何処から漏れたのか俺はいつしか白銀を狩りし者と呼ばれるようになっていた。そう呼ばれるようになってから十年が経ち、あることに気付いた。・・・満月が来る度に気分が高揚することに。今は少しだけだが、恐らくこれは徐々に増していくものだと直感で感じる。自害しようと剣に手をかけたが、その時ふと思った。俺が死んだ後、一体誰がケモノを狩るのかと。ケモノを狩る為に存在する銀のトリカブトに所属する者達はたった一体のケモノ相手に3人がかりで挑まなければならず、一人、もしくは二人が死んでしまう。ケモノ狩りはどんどん減ってきている。あんなに拒絶していた子どもまで駆り出さなくてはいけないほど追い詰められている。そんな状態で俺が今死んだらどうなる?その時、師匠のことを思い出した。


「あぁ、だから師匠は自分で自分を殺さなかったのか・・・」


今になってその事に気が付いた。だから俺はすぐ行動に出た。師匠は手遅れだったかもしれないが、俺は違う。特別でもなんでもない俺だからこそ出来ることだ。銀のトリカブトへ向かい、そこにいる子どもを含めた全員に言った。


「お前達は強くなりたいか?生き残りたいか?そう思うものは俺についてこい。俺が鍛えてやる。ケモノを狩り尽くせ、未来のために・・・そして、俺の為に」

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獣の夜 @tryuu01

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