(6)
そうして、次々と箱の中身当てが行われた。
眼鏡、十銭紙幣、
時折、小さな間違い、例えば十銭紙幣を二十銭紙幣と間違ったり、帯留めをブローチと言ったりしたものの、天元は大抵のものを当てることができた。物によっては時間が掛かるらしく、額に当てた箱を、ゆっくりと上下に動かすこともあった。
藍次は横目で、隣に座る当麻の様子を窺う。
当麻は特に驚きの表情を見せることなく、どちらかというと少しつまらなそうに舞台を眺めていた。
「さあ、次の番号は、七十九! 七十九番の方、どうぞ前へ!」
当麻の持つ番号札だ。「おや」という顔をした当麻が立ち上がろうとする前に、藍次が先に立ち上がる。
「藍次君?」
「ちょっと確認したいことがあるんで」
藍次は『七十九』の番号札――当麻が手にしていた物と自分の物を手早くすり替えていた――を手に、さっさと舞台へと上がった。
札を見せた藍次に、座長が箱を差し出してくる。藍次は懐から五銭銅貨を出して、観客に見せた後、箱の中に入れようとして……。
「おっと」
指先から落ちた銅貨が当たって、チャリン、と音がした。
「こりゃあしまった、音で分かっちまいますかね?」
困ったように言う藍次に、座長は鷹揚に笑って「天元様にはすべてお見通しですよ。何の銅貨か当てて頂きましょう」と蓋を閉め、天元へと差し出した。
箱を受け取った天元が、箱を額へとかざす。目を細め、箱をゆっくりと上下させていたが、わずかに表情が変わった。見開いた目には、どこか戸惑いの色がある。
「……これは……」
さらに何度か箱を上下していた天元だったが、やがて躊躇いがちに口を開く。
「……何か、細い……串のようなものが……」
「串?」
座長が少し目を瞠り、箱の蓋を開けた。取り出したのは細い竹串、藍次が小屋に入る前に食べていた団子の串だ。
「あ……当たりです!」
五銭銅貨が入っているはずの箱に、団子の串。観客だけでなく、座長も驚いている。
「おや、袖に入れてたのが代わりに入っちまったみたいだ。すまねぇなぁ」
藍次は頭を掻いて謝った。呆気に取られていた座長だったが、すぐに気を取り直して観客の方を向く。
「みっ……見事、天元様は間違いで入った串まで言い当てました! 皆様、盛大な拍手を!!」
座長の言葉に、小屋は今日一番の盛り上がりを見せる。
席に戻った藍次に、当麻は「君ってやつは」と苦笑して目線を寄こしてきた。藍次は五銭銅貨を指の間で行ったり来たりさせながら言う。
「言ったでしょ? 確認したかったって」
***
出し物小屋から出た藍次は、狭い小屋の圧迫感を掃うように、ぐうっと腕を伸ばした。薄暗い室内にいたので、外の光を眩しく感じる。
藍次の後に次いで出てきた当麻もまた、軽く伸びをしてコートを羽織る。そのまま、二人並んで歩きだした。
「で、『千里眼』はどうでしたか? 当麻先生」
問いながら、藍次は屋台の前で立ち止まる。鳥のモツにタレをたっぷりかけて香ばしく焼いたやきとりを一本買った。焼き立ての熱いのを頬張ると、独特のモツの香りと歯ごたえ、甘辛いタレの味が口いっぱいに広がる。
もぐもぐと咀嚼する藍次に、当麻は答えずに逆に聞き返してくる。
「まずは藍次君の見解から聞かせてもらいたいな。君の方が専門だろう?」
心霊現象の専門家の当麻よりも、奇術の専門家の藍次に意見を聞く。その時点で、当麻はすでに見当がついているのだろう。
藍次は口の端についたタレを舐めとって答える。
「まあ、単純だけど上手い奇術ですね。番号札の客の半分はサクラです」
入場時に配られていた番号札。あれで無造作に客を選び、持ち物を入れさせていたが、そのうちの半数は、出し物側が用意した仕掛け人だと藍次は見抜いた。最初の『二十六番』だった男は、舞台に上がるまでに何の躊躇いも無かった。普通なら、選ばれた驚きや戸惑いを見せ、舞台に上がるのを遠慮する素振りを見せるものだ。
また、『千里眼少女』の天元が言い当てる際、中身の様子を詳しく言うものと、若干曖昧な表現のものの、二種類があった。詳しく言い当てたものは、あらかじめ番号で何が入っているか決まっていたのだろう。天元は、もっともらしい感じで答えを口にしたに過ぎない。
そして、もう半分は。
「仕掛けの箱は、もう少し改良した方がいいでしょうね」
藍次は、天元が透視する箱を観察した。薄い金属でできた箱は、ぴったりの大きさの蓋を閉めれば、一見どこも隙間なく、中を覗くことなどできないように思える。
しかし、千元が箱を透視する際、金属がわずかに歪む時があった。これは照明を反射する金属の光沢で分かった。
おそらく箱は、ある箇所に力を込めて押すと歪み、側面と底の間に隙間ができるようになっているのだろう。あとは額にかざして上下に動かす時、目を細めて中を覗けばいい。客席側の照明を落とし、舞台だけを明るくすれば、隙間から光が入り、箱の中身も見やすくなる。
もっとも、箱の金属は艶消しするか、外側を塗装するかした方が、藍次のような輩に仕掛けを気づかれにくいだろう。
藍次はやきとりの最後の一口を入れ、残った串をくるくると
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