(2)
***
舞台の中央には、薄衣の衣装を纏った美女が立っている。黒髪を高く結い上げ、金銀の繊細なアクセサリーで身を飾る彼女は、千夜一夜物語に出てくる異国の踊り子を思わせた。
ジャアン、と
笛や鉦、琵琶が奏でる音楽は、遠い異国……天竺の向こうに広がるという異郷を想像させた。
踊り子は、腕に巻き付けていた薄衣を解き放つ。不思議な七色の光沢を持つそれは、まるで天女の羽衣のようだ。
舞台の端から端まで届きそうな長い布を、美女は自在に操った。ひらりと軽やかに宙を泳いだかと思えば、目にも止まらぬ速さで美女の手元に収まる。まるで布自体が意思を持っているかのようだ。
徐々に鉦が激しく打ち鳴らされ、リズムはどんどん早くなる。女性の踊りも激しくなり、目まぐるしく回転する。
回転しながら美女が右手を掲げると、羽衣が渦を巻きながら宙に昇っていった。天井付近まで伸びたそれに美女が腕を絡ませれば、身体が持ち上がり、足先が地面を離れた。
宙に浮いたまま、美女はくるくると回転しながら踊る。羽衣を纏った美女が宙を自由に飛ぶ様を、観客は魅入られたように見つめた。
熱心に見つめる観客たちの耳に、ジャンジャンと鉦の音が強く響く。やがて布は螺旋を描いて天井へと吸い込まれ、美女も共に天井へと昇っていき――。
――ジャアン!!
ひときわ強く鉦が鳴らされ、音楽が止んだ。舞台の上からいつの間にか美女の姿は消えている。天井から羽衣だけが舞い降りてきて、ひらりと落ちた。
ああ、天女は空へ昇ったのだ。羽衣を残して――。
幻想的な舞台に呆ける観客に、舞台袖で控えていた女団長の洋子がよく通る声を上げる。
「さあ、皆さま! 『天女の舞』に盛大な拍手を!!」
夢見心地だった観客は我に返り、割れんばかりの拍手を送ったのだった。
今日も新楽曲芸団の出し物は大盛況で終わった。新しい演目『天女の舞』の評判は上々で、看板奇術師・
観客達が帰ってしまった天幕では、曲芸団の団員達が片付けに勤しんでいる。
「
舞台裏で小道具の手入れをしていた青年に声を掛けたのは、坊主頭の大男だ。丸太のような太い腕にがっちりとした体つきの彼は、『青藍』の舞台でよく助手役を務めている双子の一人、
そんな巌を見上げるのは、真っ青な
観客は、神秘的な雰囲気を持つ美しい奇術師を『仮面の麗人』とまことしやかに噂しているものだ。しかし今はその仮面を取り去り、綺麗に編んでいた髪も解いて、行儀悪く胡坐を掻いている。
藍次は、脱出劇に使う手錠を丁寧に磨いて動作を確認しながら返事を返す。
「おう、お疲れさん」
「今日も無事に成功して何よりだ。砂が落ちきる前に刺せと団長が指示してきた時は冷や冷やしたもんだが」
そう、今日の脱出劇では、砂時計の砂がまだ三分の一は残っていると言うのに、曲芸団の女団長である洋子が、藍次が閉じ込められた箱に剣を刺せと指示を出したのだ。
予行演習と違う内容に、助手をしていた巌と、その弟の
「盛り上がったから良かったものの、先に一言言っておけっての」
藍次はむくれながら、綺麗に拭き上げた手錠や鎖を鍵の掛かった箱にしまった。
誰かが下手に触って、万が一道具が壊れたり、動作がおかしくなったりしてしまったら演目は失敗する。自分の道具は自分で管理して責任を持つのが、この曲芸団の決まり事だ。
小道具の箱を抱えた藍次に、巌はにやりと笑って肩を組んできた。
「とか言いつつ、お前、結構楽しんでただろ?」
「……」
藍次は否定しなかった。
たしかに焦りはしたが、あの切羽詰まった状況は嫌いじゃない。頭が冴えわたり、体中の血が全身に巡るのが分かる感覚が藍次は好きだった。自分の能力を限界まで、いや、それ以上に発揮できた時の爽快感は格別だ。
そんな藍次のことを育ての親である洋子もよく分かっているからこそ、たまに舞台でいきなり予定にないことを入れたりするのだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます