第三話 千里眼少女(1)


「坊ちゃん、また当てっこ遊びですか?」


 そう言って、彼女はいつも悪戯っぽく笑った。

 広くて豪華でがらんとした家の中で、子守の女中として雇われた年上の彼女は幼い僕の遊び相手で、一番仲の良い友達だった。


「これなーんだ?」


 僕が差し出す拳の中身を、彼女はいつも言い当てた。


 三粒の蛇苺。

 七星の天道虫。


 薄荷味のドロップ。

 ラムネ瓶に入っていたビー玉。


 白い碁石。

 香車の駒。


 むきになった僕がわざと何も入れずにおくと、それもぴたりと言い当てた。

 まるで掌を透して見えているかのようだ。そう僕が言うと、彼女は「見えるんですよ」と答えた。


「本当?」

「本当です」

「すごいね」

「すごいでしょう」


 ふふ、と彼女は笑う。少し寂しそうな笑い方だった。


「でも、おとうもおかあも信じてくれませんでした。人前でそんなおかしなことするなって。だから坊ちゃん、このことは内緒にしていて下さいね」


 寂しそうな彼女を元気づけたくて、僕はそれからも彼女と内緒の当てっこ遊びをした。年が長じると、遊ぶことは少なくなったものの、彼女は僕にとって家族よりも近い、姉のような存在だった。

 そんな彼女は、僕が高等学校に上がる前、女中を辞めて郷里に戻ることになった。急に親から、戻って来いという手紙が来たと言う。

 別れの日、彼女は言った。


「もう、坊ちゃんには会えませんね」


 そんなことないさ。また東京に遊びに出ておいでよ。そうだ、僕もいつか、お前の郷里に遊びに行くから――。


 僕が言うと、彼女は困ったように微笑んだ。


「見えてしまったんです。もう私、坊ちゃんと二度と会えないんですよ。だから、ここでお別れです」


 すみません、とどこか泣きそうな顔で彼女は笑う。もう僕に会う気がないのだと分かって、悲しくなって、少し腹立たしくなった。

 意地を張って彼女を見送らなかったが、何かが少しだけ引っ掛かっていた。その勘が当たったのは、それから数年後のことだ。


 ある新聞に、彼女の名前が載っていた。

 その前の大きな見出しには、こうあった。


『 長野の千里眼乙女 自殺か 』


 それは、彼女の自死を伝える記事だった。



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