(7)


 「今日は有名な心霊研究家の方も来て下さっております。ですので、いつもよりも難しい条件で霊との交信を行うことにしましょう」


 竹崎はテーブルに置かれた二枚の石盤を手に取り、一同に見せる。石盤に何も書かれていないことを確認させた後、内側を合わせるように重ね、間にチョークを入れる。その後、二枚の石盤を麻紐でぐるぐると巻いて固定した。


「さあ、これで誰も石盤に文字を書くことはできません。もちろん、人間ならばの話です。そう、霊の不可思議な力であれば可能なのです。美彌子様があの世から霊を呼び寄せて、伝えたいことを書いてもらいましょう。それでは、お隣の方と手を繋いで下さい。右手で、隣の人の左手を上から掴むように……」


 竹崎の指示に従い、手を繋ぐ。藍次の右側は年配の男性、そして左側が霊媒師の神納だ。藍次の左手を、神納が上から握ってくる。レースの手袋に包まれた右手はどこか冷たく感じた。

 九人が円座になって手を繋ぎ終わった所で、天井に下げられたランタンを使用人が消し、外に出て扉を閉める。残る灯りはテーブルの上の蝋燭のみ。小さな炎は、テーブルを囲む者達の顔に揺らぐ陰影を作った。

 それぞれの顔に浮かぶのは、不安と好奇心、恐れ、疑いと様々な感情だ。しかし、蝋燭の火も吹き消されて、すぐに見えなくなる。訪れた暗闇に、小さな悲鳴を上げたのは若い女性のどちらかだろう。

 皆の動揺が握る手に伝わってくる中、神納の細い声がぼそぼそと告げる。


「さあ、皆様……会いたい相手を思い浮かべて……呼びかけをして下さい……目を瞑って……そう、手を離してはなりませんよ……」

「……」


 沈黙が闇を埋めていく。当麻が言っていたように、視界が利かなくなると他の感覚が増してくる。

 誰かの息遣い、握った手の筋肉のわずかな動き、手に触れる膝の揺れ、蝋燭が消された後の匂い……。

 時間の感覚もおかしくなり、やけに長く感じた。闇の中の沈黙は、心に焦りと不安を生む。決して居心地の良いものではない。

 早くこの時間が終わればいいのに、何か起こればいいのに――。

 心霊現象を信じていない藍次ですらも、頭の片隅でちらりと思ったほどだ。

 やがて、その時がきた。


 オォ……オォ……。


 低い唸り声が室内に響く。歌とも読経ともつかぬ、言葉にならない音だ。ゆらゆらと、藍次の隣にいる神納の身体が前後に揺れているのが分かる。


 ――カツッ。


 奇妙な声の中、何か固い物が当たる音がした。


 ――カッ、カツン。


 断続的に鳴っていた音が止むと、呻り声も小さくなっていく。ゆらゆらと前後に揺れていた神納の動きも治まった時、ぱっと辺りが明るくなる。部屋の扉が開かれ、灯されたランタンを手にした使用人が入ってきたのだ。

 竹崎は席を立ち、テーブルの上に置かれたままの二枚の石盤を示した。


「それでは……そちらのお嬢さん、紐を解いて石盤を見せてはくれませんか? 私がしてもよいのですが、インチキではと言われそうですから」

「は、はい」


 若い女性のうちの一人が麻紐を解いて、恐る恐る重なった石盤を開く。皆食い入るようにその様子を見ていた。

 はたして、開いた石盤には白い文字が書かれていた。弱い力で走り書きしたような文字を見て、はっと息を呑んだのは若い女性だ。


「ヤ……エ? も、もしかして弥江子ヤエコ姉様、なの……?」


 若い女性の一人が声を震わせた。神納がゆったりと頷く。


「ええ……若い女性の霊が……小柄で……痩せた……」

「ああ! やっぱり姉様だわ……!」


 女性は感極まったように言葉を詰まらせる。隣の女性が慰めるようにその肩を抱きつつも、石盤を恐れた目で見やった。

 竹崎は大きく息を吐いて、一同を見回す。


「どうやら、無事に霊との交信は成功したようです」

「こっ……こんなのはイカサマだ!」


 石盤を示した竹崎に、否の声を上げたのは高野だ。頬がやや強張っている。会が始まる前は威勢がよかったのに、目の前で起きた不思議に動揺しているようだ。


「何を仰るんですか。あなたは美彌子様の手をしっかりと握っていたでしょう? ほら、今だって。イカサマなどできるわけがない」


 竹崎の指摘に高野ははっとして、握ったままだった神納の左手を急いで離す。そして、すぐに神納――ではなく、藍次の方を睨んだ。


「だったら、その小娘が協力者なんじゃないか?」

「……」


 協力者が霊媒師の隣にいれば、握った手を離して自由にして石盤に文字を書くことも簡単にできることだろう。

 だが、藍次はもちろん協力者ではない。交霊会の間、石盤に文字を書く音が聞こえていた時、神納の手は藍次の左手を確かに握っていた。


「いいえ、違います」


 藍次の答えに、竹崎は満足そうにうなずいた。


「あの当麻様のお連れの方が言っているのですよ。まさか私達が示し合わせているとでも? お噂では、当麻様は今までに幾つもの交霊会に参加され、霊媒師や霊術師を名乗る詐欺師を摘発されていると聞きます。そのお連れの方が、まさか協力者ではありますまい」


 竹崎は穏やかな口調ながらも、どこか挑発するように当麻に視線をやった。

 当麻はそれに笑みを返して告げる。


「ええ。確かに僕も彼女も、あなた方の協力者ではない。……ですから、これから暴いてみせましょう」


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