(4)
初めて食べたパンケーキは美味しかった。
甘いカステラと違って、ふかっとした生地は甘くない。蜂蜜をたっぷりかけて染みこませれば、噛む度にじゅわっと染み出てくる。熱い生地に塗って溶けた塩気のあるバターと、甘酸っぱいジャムの相性も抜群だ。
牛乳がたっぷり入った、甘い紅茶というやつも悪くない。
ハイカラな洋菓子は、曲芸団のチビ共が喜びそうだ。藍次が考えていると、当麻は「イネが張り切ってたくさん焼いたから、残りは持って帰るといいよ」と言ってくる。
食べ終える頃には、藍次の怒りも治まっていた。向かいのソファに座る当麻は、紅茶を飲みつつ微笑む。
「気に入ったようで何よりだ」
当麻が満足そうなのには微妙に苛立つが、ここで怒りを再燃させるほど藍次は子供ではない。腹が膨れて落ち着いた、ならば後は自分の仕事をこなすだけだ。
ナイフとフォークを置いて居ずまいを正すと、当麻に向き合う。当麻も心得たように、カップをソーサーへと置いた。
「それじゃ、用件を聞かせてもらえますか?」
「ああ。君に、交霊会に参加してもらいたいんだ」
「交霊会?」
交霊会は、その名の通り霊と交信する会のことだ。以前、当麻が大学で行った交霊会を藍次も見たことがある。
もっとも、あれは清一を殺した犯人を捜すための茶番に過ぎなかったが。
「また幽霊のふりでもしろってことですか?」
「いや、今回は君も立会人の一人だ。噂で聞いていないかな? 僕が交霊会にしょっちゅう参加していることを」
当麻が心霊研究を行っていることは知れ渡っている。その当麻に、是非とも交霊会に参加してもらいたいと依頼が来るのだという。交霊会を主催する側からゲストとして招かれることもあるが、たいていは交霊会の真偽を確かめるための依頼だった。
「ある人からの依頼でね。奥方が交霊会にのめり込んでいるから止めてほしい、交霊会が偽物だと暴いてほしいってね。何でも、交霊会に亡くなった息子さんの霊が現れたそうだよ」
「へえ」
藍次の気のない返事に、当麻はふっと苦笑を零す。
「全然信じていないって顔をしているね」
「ああいうのは全部イカサマでしょ」
「でも、君だって清一君の霊を見たじゃないか」
「……」
それを言われると弱い。
たしかに藍次は以前、清一……双子の兄の霊らしきものを見た。
今でも、あれが本当に霊だったのかは分からない。夢だったのではと思う反面、彼の死亡時刻や死因と一致したそれは、ただの夢や、ましてやイカサマと呼ぶには奇妙な出来事だった。
黙る藍次に、当麻は言葉を続ける。
「まあ、イカサマならイカサマだと見抜けばいい。そのために、君に力を貸してもらいたいんだ。交霊会に負けず劣らずの奇跡を見せる、浅草一の奇術師の君にね。何か仕掛けがあっても、君ならすぐに見抜けるだろう?」
「……それはまた、買い被りじゃあないですかね」
「おや、自信が無いのかな?」
「あぁ?」
当麻のあからさまな挑発に、藍次はカチンときながらも呆れた。こちらにやる気を出させたいのだろうが、どのみち今日一日は助手として働かなければならないというのに。
面倒な男だと思いつつも、『浅草一の』という冠は少々いただけない。
今はまだと自覚しているが、いずれは日本一の奇術師と呼ばれ、新楽曲芸団の名を全国に広めるのが藍次の目指すところだ。
やってやろうじゃないか、と藍次はにっと片頬を上げる。
「いいですよ。そこまで言うんなら、協力してやりますよ」
「うん。じゃあ、よろしく頼むよ、藍次君」
当麻は意を得たように微笑んで、飲みかけの紅茶を口に運んだ。
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