第二話 交霊会の夕べ(1)



 蝋燭の火が消され、部屋は闇に包まれた。

 訪れた闇と静寂に、テーブルを囲む者達は声こそ立てずとも動揺を示す。円座になって皆で手を繋いでいる状況であり、己の手を握る誰かの手に力が籠るのが分かった。


「さあ、お立会いの皆様……会いたい者を思い浮かべて下さい……心の中で強く念じて……」


 霊媒師の細く掠れた声が、静かな部屋に響く。ざらざらとした布を撫でたような声音は耳の奥を震わせて、どうにも落ち着かない気分にさせる。

 しかし言われた通り、目を閉じてあの子のことを脳裏に描いた。


『母上、言って参ります』


 凛々しい軍服に身を包み、敬礼をするあの子。はるか遠い北の地に向かったあの子。まだ二十歳を少し過ぎたばかりだった。

 どうか無事に帰ってきてくれと泣く私に、あの子は約束しますと笑顔で答えた。

 なのに、帰ってきたのは電報の紙切れ一枚だった。


 ―― メイヨ ノ センシ ヲ トゲ ――


 喪失に打ちひしがれる私に対し、夫や親族は息子が立派だったと褒めたたえるだけだった。五年経っても喪失感は消えなかった。

 ……会いたい。あの子に会いたい。

 魂だけになっても、自分の元へ帰ってきて欲しい。


『ただいま戻りました、母上』


 一目見るだけでいい。声を聞くだけでいい。何か、帰ってきた証が欲しい。あんな紙切れじゃなくて、あの子だと分かる物が。

 私はひたすらあの子の名を心の中で呼ぶ。両隣に座る者の手を、知らず知らずのうちに強く握っていた。

 冷たい空気が首筋を撫で、ぞくりと背が粟立つ。


 ――オォ……オォ……。


 男とも女ともつかぬ低い唸り声が聞こえてきた。さらに、テーブルの上から、カツッ、カツッと固い物が当たる音がする。


 ――カ……サン……オ……カ……。


 低い男の声も聞こえてきて、テーブルを取り囲む者達は竦み上がった。声を上げてはならないと言われていたため、何とか悲鳴を堪えて固唾を飲む。

 しばらくすると音が止み、見計らったようにランタンに明かりが灯された。

 蝋燭よりも明るく、眩しさに一瞬目が眩んだ。瞬きをして目を慣らしていると、誰かが「アッ!」と声を上げる。

 テーブルの上に置かれていた石盤に、いつの間にか文字が書かれている。電灯が消える前、テーブルの周りにいる皆で手を繋いだ時には、何も書かれていなかったはずだ。白いチョークで書かれているのは、頼りない力で走り書きされたような、弱々しく乱れた文字だった。


『ヤ』『ス』


 四、五文字ほど書かれていたが、私が読めたのはその二文字だけ。だが、私には分かった。


「やす、ひこ……? 泰彦なの?」


 あの子の名を呼ぶ。白いレースのヴェールを被った霊媒師は小さく頷いた。


「……先ほど、男性の霊が現れました……母親を、探して……詰襟の、服を……」

「あ、ああ……!」


 間違いない、泰彦だ。出立の朝、立派な軍服姿を見せてくれた泰彦。

 現れてくれた。帰ってきてくれたのだ。霊となって――。


「泰彦、泰彦……!!」


 私は嗚咽を零しながら、石盤を強く胸に抱き締めた。


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