(23)
ばっと手を広げた団長の後ろから舞台に現れたのは、鮮やかな青色の服を着た若い青年だった。
彼こそ、この新楽曲芸団一の人気を誇る奇術師、青藍である。
中華風の青い長袍は、彼のほっそりとした肢体をより華奢に見せていた。艶やかな長い黒髪を高い位置で一つに括って、立ち襟からは細く白い項が覗く。
小さな顔の上半分は白い仮面で覆われているが、通った鼻筋や細い顎は、彼の顔が整っていることを想像させた。仮面の目元から覗く濡れた眼差しや紅をさした紅い唇からは、何とも言えない妖艶さが漂う。
青藍は観客席をぐるりと見回すと、唇に不敵な笑みを乗せ、胸に手を当てて一礼する。青藍が上体を起こすと同時に、舞台の袖から二人の大男が現れた。
坊主頭に厳つい顔立ちの、そっくりの顔と身体をした彼らは双子だ。袖のない中華風の服を纏い、丸太のような腕が剥き出しになっている。その剛腕を見せつけるように、一人は丈夫そうな金属の四脚の台を持ち、もう一人は重そうな鉄の檻を軽々と抱えていた。舞台の中央に台が置かれ、その上に檻が置かれる。
大男達は両側から青藍に近づくと、彼を羽交い絞めにした。拘束された青藍に女団長が近づき、鎖のついた鉄製の手錠を彼の手に掛ける。
青藍は両手を引っ張って手錠を外そうとするが、がちゃがちゃと鎖が鳴るだけで外れることは無い。さらに団長はもう一つ手錠を出して、青藍の両足にも同じように手錠を掛けた。
両手両足を手錠で拘束された青蘭は、大男に抱えられて檻の中へと押し込められる。
大人が膝を抱えて座って、ようやく入れるような小さな檻だ。華奢な青藍でも、檻の中では身を丸めるしかない。蹲った彼は助けを求めるように格子の間から手を伸ばすが、もちろん誰も助けることはできない。
大男達は無情にも扉を閉め、大きな南京錠を掛けた。檻に囚われた青藍に、女団長は大げさに嘆いてみせる。
「ああ、哀れなり青藍! 彼を戒めるは鉄の手錠、封じるは鉄の檻! 果たして彼は、無事に脱出できるのでしょうか!」
女団長がそう言うと、大男二人が大きな青い布を広げた。鮮やかな青いサテンの布が宙にふわりと広がり、檻ごと青藍を包み隠す。
女団長は、舞台袖から大きな砂時計を出して、ひっくり返した。さらさらと落ちる砂を、観客は見つめる。
「この砂が落ち切った時、青藍を待つのは――」
女団長の言葉の後に、きんっ、と高い金属音が響く。
いつの間にか、大男二人の手に大きく反り返った大剣が握られていた。砂時計の砂が落ちた時、この剣が檻に突き立てられるのだ。
大男達は大剣を打ち合って迫力ある剣舞を始めるが、観客の多くは剣舞を楽しむ余裕はなく、固唾を飲んで砂時計と檻とを交互に見ていた。
やがて、砂がすべて落ちきった。女団長が腕を上げれば、剣戟の音が止む。舞台は静まり返り、大男二人はゆっくりと剣を構えて檻に近づいた。
女団長がカウントを始める。
「三、二、一……
かけ声と同時に、大男達が勢いよく剣を両側から突き出して、布ごと檻を貫通させた。布を貫いて光る刃に、客席からは悲鳴があがって、目を逸らす者もいる。
「さあ、青藍の命運やいかに!」
女団長が青い布を取り払えば、そこには血に塗れた青藍が……否、檻に閉じ込められていた彼の姿は、綺麗さっぱり消え失せていた。南京錠は掛かったままで、青藍の着ていた青い長袍だけが抜け殻のように残っている。
呆気にとられる観客達の後方に、ステージを照らしていたライトの一つが向けられた。
すると、後方の座席に座っていた一人の男が立ち上がり、座面の上へと立つ。
鳥打帽を被り白い立ち襟のシャツを着た男は、帽子をぱっと取ってみせた。長い黒髪が零れ落ち、顔の上半分を覆う白い仮面が露になる。
「ああ! あそこにいるのは、青藍ではありませんか!」
女団長の声と共に、観客が一斉に彼を見る。
先ほどまで手錠で戒められて檻に囚われていたはずの青藍。いつの間にか自由の身で、身なりも変えて観客席に現れてみせた彼に、周囲の客が驚きの声を上げる。
「さあ、皆様! 脱出に成功した青藍に、盛大な拍手を!!」
どよめく場内を制して盛り上げるのは、女団長の自信満々な声だ。青藍もまた、登場した時と同じように胸に手を当てて一礼してみせた。
わあっと観客が手を打ち鳴らす。大きな歓声と拍手の中、青藍は座面を蹴って宙返りし、近くの通路の空いた場所へと降り立つ。彼の軽業師のような身のこなしに、歓声も拍手もいっそう強くなったのだった。
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