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 支倉清一が遺体で発見されたのは、十一月の初めのことであった。

 支倉商社の社長子息である彼は二週間ほど前から行方が知れず、警察が捜索を始めた頃に見つかった。

 恐ろしいことに、清一は腹部を何回も刺されて殺害されたのち、支倉商社の新社屋の予定地に埋められていた。しかも犯人は、彼と仲の良かった従兄の古賀尚毅であった。

 現在、警察が取り調べを行っているが、古賀は「清一は死んでいなかった」「あいつの幽霊が出た」と錯乱した状態のため、事件の詳細はいまだ不明である。なお、遺体を発見して通報したのは尤学館大学の講師だったという。

 物言わぬ姿で家族のもとに帰った支倉清一の葬儀は、某日、親族だけでしめやかに行われた。


 さて、余談ではあるが――。

 支倉清一が通っていた尤学館大学では、遺体が発見される少し前に、彼の幽霊が出ると噂になっていたそうだ。交霊会まで開かれ、その際に現れた清一の幽霊が己の遺体の場所や犯人を示したとも言われている。

 交霊会には、心霊研究者としても有名な当大学の講師・当麻榮介氏が参加していたとの情報もあり、実は彼こそ、清一の霊と交信をして、遺体を発見した人物だと囁かれている。

 そしてこれもまた余談にはなるが、支倉清一の葬儀の際に、不可思議な出来事があった。

 遺体が安置された座敷に学生服姿の青年が佇んでいるのを、幾人もの家人や弔問客、使用人が目撃したのだ。棺の側に立った青年の顔は、清一にそっくりだったと皆が証言した。

 特に母親の昌枝の驚きはひどく、不調をきたして数日寝込むことになったという。

 深い悲しみと混乱が入り混じる支倉家。その行く末を知るものは誰もいない――。



***



 休日の浅草公園は、大いに賑わっていた。

 参道の仲見世はもちろん、花屋敷や水族館、木馬館を目当てに多くの人が行き交っている。

 一番の賑わいを見せるのは、やはり浅草六区であろう。歌劇や演劇、落語を披露する演芸場や、和洋の活動写真を流す活動小屋が立ち並んでいる。

 震災で火災に遭い、一時期は更地になっていた部分も多かったものの、人々は逞しいものだ。今では木造の小屋が立ち並び、活動写真の演目と宣伝文句が書かれたのぼりがはためいている。開かれた空き地には、演芸小屋替わりの天幕があちらこちらに張られていた。

 その中に、ひと際賑やかな天幕がある。

 今、浅草で大人気の『新楽しんら曲芸団』の天幕だ。

 全国各地を巡業している新楽曲芸団は、以前から人気はあったものの、近年、麗しき女団長に代替わりしてからの出し物は特に評判が良い。

 天幕の周囲に立てられた色とりどりの幟には『神秘! 踊るからくり人形』『天才奇術師の脱出劇!』とでかでかと書かれていた。

 天幕は今日も満員で、通路も立ち見の客で溢れかえっている。半円形の舞台上では、すでに演目が始まっていた。

 舞台袖から出てきたのは、みすぼらしい恰好をした老人だ。ヨタヨタと歩く彼の手には、大きなトランクが握られている。

 彼はトランクを床に置き、近くにあった台に腰掛けた。すると、もう片方の舞台袖から可愛らしい少年が現れる。七、八歳くらいだろうか。くりっとした目の小柄な少年はトランクを指さして「何が入っているの?」と尋ねる。

 老人が無言のままトランクを開くと、中には一体の人形が入っていた。

 くるくると巻かれた金髪に明るい鳶色の目をした、美しい少女の人形だ。少年と同じくらいの大きさで、豪奢なフリルたっぷりのドレスを着ていた。精巧な造りの人形は、手足の関節を綺麗に折り畳まれて収められている。

 老人は、人形の脇を抱えて持ち上げた。だらりと下がった手足には糸が結ばれ、糸の先は木の棒に括り付けられている。操り人形だ。

 台の上に立ち上がった老人が、見事な手つきで人形を操った。糸に下がった人形は軽やかに動き出す。人間のように滑らかな動きだが、時折、関節があらぬ方に曲がっていることから人形だと知れた。人形のダンスに少年がはしゃいで拍手をすれば、観客も続くように拍手を送った。

 それで見世物は終りかと思いきや、老人はおもむろに大きな鋏を取り出して、ぶつぶつと操り糸を切った。糸が無くなって崩れ落ちる人形を、少年は慌てて抱える。すると、糸が切れたはずの人形は首をもたげ、少年の手を掴んで踊り始めた。

 最初は戸惑っていた少年だったが、可憐な人形につられて楽しそうにステップを踏んだ。人形の手を取って、くるくると回転させる。

 老人はどこから出したのか、ヴァイオリンを手にして軽やかな音楽を奏で始めた。可愛らしい少年と人形のダンスに、観客達も音楽に合わせて手拍子を打った。

 しかし、そのダンスは唐突に終わりを告げる。

 老人がヴァイオリンの演奏を終えた途端、人形は再び床に崩れ落ちたのだ。そして、少年も同様に倒れ込んだ。手足をおかしな方向に投げ出した少年の姿は、まるで糸の切れた人形のようだった。

 老人は少女の人形と、人形と化した少年の手足を降り畳んで、丁寧にトランクの中に詰め込んだ。そうして古びた帽子と背広を脱ぎ捨てた老人は、一瞬のうちに麗しい壮年の男性へと姿を変えていた。

 しゃっきりと背筋を伸ばした男性は優雅に一礼すると、軽々とトランクを抱えて舞台を去っていった。


 いったい、少年は人間だったのか、元から人形だったのか。

 それとも、あの男が魔法をかけて人間を人形にしたのか――。


 観客達は狐につままれたような心地になりながらも、惜しみない拍手を送った。

 誰もいなくなった舞台上に、燕尾服を着た男装の女性が現れる。

 少女歌劇団の男役のごとき麗人は、この曲芸団の有名な女団長だ。シルクハットを被った彼女は、舞台上で高らかに声を上げる。


「踊るからくり人形の神秘は、お楽しみいただけましたでしょうか? さあ、次は皆さまお待ちかね、天才奇術師、青藍せいらんの登場です!」


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