(21)
***
「ふむ……」
穴の中で気絶した古賀を、当麻は見下ろす。これからどうしたものかと考えていれば、『彼』は迷いのない足取りで穴へと近寄った。
「君、怪我は大丈夫かい?」
当麻が尋ねるが、『彼』はそれには答えずに、穴の傍らに屈みこんで顔色一つ変えずに手を伸ばす。古賀の襟首をつかむと、その細腕からは信じられない膂力で穴から引きずり出し、地面へと放り投げた。
当麻が呆気にとられる中、『彼』は穴を見下ろす。
おそらくは本人の物であろう、黒いマントに包まれた『清一』。
布でしっかりと覆われて冷たく湿った土の中にあったせいか、あるいは腹部を刺されて体内の血液が多量に流れ出ていたせいか、腐敗はそこまで進んでいないようだ。黒い布から覗く白い顔の表情は穏やかで、ただ眠っているようにも見えた。
それでも、やはり独特の腐臭が漂ってくる。
青白い顔も、紫色の唇も、開くことの無い目も、乾いた皮膚も、冷たい頬も。死人のものに相違ない。
だが、『彼』は躊躇うことなく『清一』の上へと降り立った。
膝を着いた『彼』は、己とそっくりの顔を見下ろす。
同じ顔の青年が向かい合う姿は、まるで片方が鏡を覗き込んでいるような、そこだけ時空が歪んでしまったような、どこか不思議な光景だった。
やがて、『清一』を見下ろしていた『彼』はそっと微笑んだ。
「……やっと、見つけた」
微笑む『彼』の、黒い目が揺らぐ。
黒い硝子玉のような目から溢れるのは涙だった。
重力に従った滴が、『清一』へと落ちる。
ぽたり、ぽたり、と。
『清一』の頬に落ちては伝って流れるその様は、まるで『清一』自身が泣いているかのようにも見えた。
『彼』は『清一』の頬に触れて、涙を拭う。
冷たい肌に、熱い涙の温もりは伝わっているのだろうか。いや、伝わるわけがない。とうの昔に魂を失い、抜け殻となった身体は、今やただの有機体、物質にしか過ぎないのだ。
なのに――。
「遅くなって、ごめんな」
涙と共に落ちた『彼』の言葉を受け止めるように、『清一』の顔がわずかに和らいだように、当麻には見えたのだった。
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