(19)
***
「こんな所で何をしているんだい? 古賀君」
土の上に座り込んだ古賀を、当麻は見下ろした。
カンテラの光に照らし出されているのは、土まみれになった古賀と、いましがた彼が掘っていた大きな穴だ。穴の底には、黒い布――おそらくは学生たちが羽織るマントらしきものに覆われた何かがある。
まだ呆然としている古賀に、当麻は微笑みかけた。
「古賀君、やっぱり君だったか」
古賀はようやく我に返ったようで、膝を付き、よろめきながら立ち上がる。
「せ、先生、どうしてこんな所に……」
「もちろん君の後を追いかけてきたんだよ。いやあ、支倉商社の新社屋の床下に隠すなんて、君も大胆なことをする。よもや彼を人柱にでもするつもりだったのかな」
当麻が古賀の足元を指さすと、古賀は狼狽しつつ首を横に振った。
「な……何を言っているんですか。俺はただ――」
「『支倉清一』の遺体を、掘り出そうとしていた?」
「っ!?」
古賀はぎょっと身を引くが、膝裏が掘った穴の縁に引っ掛かって後ろに倒れ込んだ。
「大丈夫かい?」
当麻が近づくと、古賀は慌てて起き上がった。何度か失敗しながらも穴の中から這い上がる。土で汚れた手で顔を拭ったせいで、凛とした風貌は薄汚れてしまっていた。
古賀は目線を彷徨わせた後、しどろもどろに答える。
「ぼ、僕は、ただ……そう、清一が、清一から、聞いたんです。清一の幽霊が出て、ここに埋まっていると言って……だ、だから、掘り出してあげようと……」
「おや、それはすごい」
当麻は驚いてみせながらも、淡々とした口調で尋ねる。
「支倉君はどういう風に伝えてきたんだい? 幽霊との交信は先日使ったウィジャ・ボードやプランシェットを使うが、どちらも単語で示されたり、判読し辛い文字で書かれたりと難しい。仮にこの部屋にいるとメッセージを伝えてきたとしても、一発でその場所を掘り当てるなんてすごいことだよ。もしかしたら精神感応作用で、彼がここに埋められているヴィジョンでも見たのかな? それとも、君が直接その光景を見たのか。どちらにしろ、遺体を発見したのは君だから、警察にもそのように話すといい。信じてもらえるかは分からないがね」
「……」
当麻の言葉に、古賀はそれ以上言い訳できずに後ずさる。
生真面目そうな印象のあった彼の顔は、今は醜く歪められていた。一重の目を血走らせながら、鋤を両手に構えて当麻に対峙する。
「……あんた、やっぱり知っていたんだな」
「何を?」
「とぼけるな! 清一のことだ。何が幽霊だ、あんなくだらない交霊会まで開いて……!」
「ああ、確かに先日の『交霊会』は偽物だ。支倉君の霊と交信するためじゃない。彼と親交の深い者を集めて、皆の反応を見るために開かせてもらった」
当麻はあっさりと頷いて認めた。
「そもそも、交霊会のテーブル・ターニングも霊の仕業じゃない。ある実験をした学者がいてね、ファラデーというイギリスの学者なんだけど、知っているかい? ファラデーは五枚重ねて貼り付けたボール紙を使って、テーブルが霊の力で動いているのではなく、交霊会の参加者の手の力で動いていることを証明した」
まるで傍らにテーブルがあるかのように、当麻は宙に手を伸べた。
「参加者達は、自分でも知らないうちに腕や手、指にほんの少し力を入れているんだ。特に、『故意に動かさないように』なんて言ったら、力を入れないようにと逆に力が入ってしまう」
そう、交霊会を始める際に当麻が皆に言った注意事項は、逆に指先に意識して力を入れてしまう結果を生むのだ。本人の無意識のうちに。
「一人分の力は小さくて動かない。けれど、それが何人分も合わされば大きな力となって、テーブルは動く。『テーブルは幽霊が動かすもの』という思い込みを現実に変える。本人達は気づいていない、無意識の行動さ」
当麻は宙に述べていた手をぱっと開いて見せた。
「だいたい、本当に霊の力で物を動かせるのなら、テーブルにまったく手を触れない状態で動かすことができるだろう。人の手が触れた時点で、そこに人の力が加わらないという保証はない。ウィジャ・ボードでも同じことだ。参加者達は霊が現れることを望み、無意識に指先に力を入れる。動かさないように、とね。だが、人間の身体はじっと静止することはできないものだ。呼吸や筋肉の運動、溜まっていく疲労と緊張で、動かさないようにしていても指先は震えていく。このカンテラだって、動かさずに持つなんてとうてい無理だよ」
当麻はカンテラを持った手を掲げた。
ガラスの覆いが付いたカンテラの中の火は、風が当たっていないのにゆらゆらと揺れている。動いていないように見える当麻の腕の、わずかな震えを捉えているのだ。
「そこに『早く霊が現れないだろうか』『プランシェットを動かさないだろうか』と、無意識の願望が加われば、プランシェットは動き出す。まあ、今回は僕がちょっと力を入れて、動かすきっかけを作ったんだけどね」
当麻は悪戯っぽく片目を瞑ってみせる。
「支倉君の霊が現れたように見せかけて、それらしい言葉を綴らせてもらったよ。もっとも、最後の質問の時は古賀君、君も動かしていただろう? 僕が『誰に殺されたのか』と尋ねた時にね。あの時、僕は参加した学生達の頭文字……島崎君と須藤君の『S』、そして古賀君の『K』の近くに、あえてプランシェットを動かしてみた。そうしたら、『K』に近づいたときに抵抗があったんだ。『S』の時には感じなかった、僕以外の別の力を。誰かが動かしていると気づいて力を入れるのをやめたら、『S』の上に止まったんだよ。どうしてだろうね、古賀君?」
「っ……」
当麻のわざとらしい問いに、古賀はぐっと鋤の柄の部分を握りしめた。憎々し気に当麻を見る。
「なんでわざわざこんなことを……あんた、最初から知っていたんだろう!?」
「僕が知っていたのは、支倉君が『ナイフで』『腹を』『刺されて』『殺された』こと。そして、彼が最後に会っていたのが『彼の親しい人』だったということだけだ」
「だから、どうしてそれを知っているんだ!」
激昂する古賀に、当麻は軽く肩を竦めてみせる。
「僕は、『彼』から聞いただけだ」
当麻が背後を振り返り、おぉい、と呑気な声を掛ける。
すると、声に応えるように、ぎぃ、と床が軋んだ。暗闇から何者かが進み出てきた。
出てきたのは、一人の学生だった。細い身体つきで、学生服とマントを身に着けている。
カンテラの光に浮かび上がったその顔を見て、古賀の目が見開かれる。
当麻はうっそりと微笑んで、『彼』の名を口にした。
「ねえ――『支倉清一』君」
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