(16)
***
「……皆、今日起こったことは、誰にも話さないようにしてくれないか」
物置の片付けを終えて、テーブルや椅子を部屋に戻した後、当麻はまだ呆然としている学生三人にそう告げた。
何しろ、行方不明の支倉清一の霊が本当に現れて、『殺された』とウィジャ・ボードでメッセージを残したのだ。ただでさえ幽霊の噂で構内が騒いでいる中、これ以上混乱させるわけにもいかない。
「ですが先生、支倉は殺されたのかもしれないんでしょう!? だったら犯人を見つけないと……そうだ、きっと『S』に関係ある人です!」
須藤が勢いよく反論すると、当麻は小さく頷く。
「ああ。だが、殺された『かもしれない』だ。残念だが、交霊会で得た証言なんて誰もまともに取り合ってはくれない。皆に話したところで変な噂が広まるだけだ」
「そんな……」
「警察に知り合いがいるから、僕から少し話をしておこう。彼の失踪に事件の可能性があると言えば、何か調べてくれるはずだ」
「……分かりました。先生、どうかよろしくお願いします」
当麻が冷静に返すと、興奮していた須藤も落ち着きを取り戻したようで、小さく頷いた。
島崎は憔悴した顔で、今は何も載っていないテーブルの上を見つめている。二度も清一の幽霊らしき姿を目撃したことで相当参っているようだった。古賀もまた、青ざめた顔で拳を握り締めている。
当麻は彼らの肩を宥めるように軽く叩いた。
「今日は手伝ってくれてありがとう。何か進展があったら知らせるよ。君達も何か分かれば知らせてくれたまえ」
そう言って、当麻は三人を見送った。
その二日後、当麻の部屋を訪ねてきたのは古賀だった。
当麻はすぐに招き入れて椅子を勧めると、自分は準備中であったティーセットをテーブルに並べる。今日の茶葉はリプトンのアッサムだ。それから、菓子は硬めの香ばしいビスケットである。
そろそろ沸きそうな小鍋の中を覗きながら、当麻は尋ねる。
「古賀君、何かあったのかい?」
「ああ、その……実はあの後、もう一度清一の家に行ってみたんです。清一から何か知らせはないかと思って……」
「おや。まさかとは思うが、彼のご両親に何か話したりは……」
「そんなことしません! おじさんや叔母を怖がらせたらいけませんし」
「それならよかったが……しかし、大事な長男が行方知れずというのも、ご両親はとても気掛かりだろうね。早く支倉君を見つけてやりたいものだ」
「……」
ふいに古賀は黙り込む。当麻が沸騰した鍋からティーポットに湯を入れ、ひっくり返した砂時計の砂がすっかり落ちきるまで、古賀は黙ったままだった。
淹れた紅茶のカップを当麻が彼の前に置いた時、古賀はようやく口を開いた。
「当麻先生、実は清一が失踪した理由に心当たりがあるんです」
「何だって?」
目を瞠る当麻に、古賀は意を決したように話始める。
「近頃、清一の様子がおかしかったので気に掛けていました。そうしたら、あの日、清一がいなくなる前の日に呼び出されて……清一はいきなり僕に、『家を出る』と言ってきたんです」
「家を? だが、支倉君はお父上の会社を継ぐのだろう?」
「はい。いずれは清一が会社を継いで、僕がその補佐をして……父達のように共に頑張って行こうと、二人で話していた事もありました。彼はとても勤勉で、おじさんに比べれば大人しい性格ではあったけれど、誠実な人柄で皆の信頼もあった。なのに、いきなり家を出ると……。もちろん、僕は彼を止めました。清一も思い直したのか、すぐに『今のことは忘れてくれ』と僕に謝ってきました。なので、その時は安心していたのですが……」
「その後、支倉君が行方不明になってしまったというわけか」
「はい」
「古賀君、君は、彼が家を出たいと言った理由を何か知っているんじゃないのかい? さっき、失踪した『理由』に心当たりがあると言っていたしね」
当麻の言葉に、古賀は表情を強張らせた後、小さく頷いた。
「……清一は、浅草公園に度々行っていました。僕も何度か清一に誘われて行きましたが、なぜか、帰りはいつも用事があると言って、どこかへ行ってしまって……。しかも、浅草公園に行くことをおじさん達には内緒にしていたみたいです。僕と行くときも、大学の図書館に行くと誤魔化していたようで」
「浅草……何というか、支倉君にしては意外な場所だね」
物静かで穏やかな性格の清一なら、にぎやかな浅草よりも静かな図書館の方を好みそうである。
「支倉君は、活動写真や見世物小屋が好きだったのかい?」
「そこまで好きだったようには思えません。人が多い所は苦手だからと、封切の活動小屋や、今すごく人気の
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