(15)


「なっ……!?」


 目を瞠る彼らをよそに、プランシェットは再び動き出した。

 木片の先端は滑るように動いて、次々と単語を作り上げていく。


『KNIFE』

『STICK』

 ……『STOMACH』。


「『ナイフ』『刺す』……『腹』を」


 当麻が読み上げていくと、皆の頬は青ざめて強張り、目には恐怖と困惑が浮かぶ。プランシェットに乗せられた指先は、ぶるぶると震えていた。


「支倉、どういうことなんだ!」

「せ、清一、本当にいるのか……?」


 須藤や古賀が宙に向かって問い質し、島崎はもはや悲鳴もあげられず唇を震わせていた。

 プランシェットは狂ったように盤面を縦横無尽に動き回り、アルファベットの上を素通りして次の単語を示さない。室内に混乱と恐怖が満ちる中、ふと、静かな声が響いた。


「支倉君。君を殺したのは、いったい誰なんだい?」

 声の主は、四人の中でただ一人落ち着いて、ボードを見ていた当麻だった。

 当麻の問いかけに、ぴたりとプランシェットが止まる。島崎や須藤、古賀もまた、固まったように動きを止めて当麻を、ボードを見つめる。

 当麻はボードに視線を落としたまま、再度静かに問い掛けた。


「君は、誰に殺された?」


 当麻の問いに答えるように、プランシェットが動き始めた。しかし上下左右と迷うように動いて定まらない。やがて、先端がじりじりと這いずるように、一つのアルファベットを示して止まる。


 ――『S』。


 皆がボードを食い入るように見つめる。プランシェットが次の文字を示すために動き出そうとした時――。


 蝋燭の火が、突然消えた。


 一瞬で周囲が闇に覆われ、何も見えなくなる。


「わああっ……!」


 反射的に悲鳴を上げたのは島崎だった。

 完全に視界が効かない中、プランシェットは強い力で引っ張るように激しく動いた。勢いよくボードの上を滑って、当麻達の指先から離れてしまう。カツン、と木片が床に落ちる音がやけに響いた。


「何なんだ、一体何が……!?」

「おい、誰か灯りをつけろ!」


 闇の中で誰かが立ち上がり、動く気配がする。舌打ちの音、短い息を吐く音、喉を震わせて鼻を啜る音……。視界が完全に塞がれたせいで、意識を集中させずとも音が入ってくる。

 ふと、当麻の背後から冷たい空気が流れてきて、首筋を撫でた。

 ぞわりと粟立つ感覚にそちらを振り向くと、窓を覆っていたビロードの裾が揺れていた。その動きで外のわずかな光が差し込んだのに気づき、当麻以外の者も窓の方を振り返る。

 突如、強い風が吹き込んできて、ビロードの下の部分が大きく揺れてはためいた。

 ふわりと浮いたビロードの布の間から、残照の赤い光が零れる。そこに、黒い人影が浮かび上がった。


「あ、あれは……」


 窓の横に、誰かが立っている。

 黒いズボンを履いた脚。両脇に力なく垂らした白い手。身につけた白いシャツは、腹の部分が赤黒く染まっていた。

 薄暗い光は人物の胸元までしか照らさず、影となった顔までは見えない。

 突風が収まってビロードが再び窓を覆えば、光は消えて、人影は闇の中に溶け込んで見えなくなった。

 そうして再び部屋は闇に覆われる。誰も動けずにいる中、最初に気を取り直した当麻が声を上げる。


「誰か電灯をつけてくれ! 早く!」


 当麻が強い声で催促すると、足音や何かにぶつかる音が複数聞こえ、パチッと音を立てて天井の電灯がつく。

 眩しい光に、一瞬目が眩む。片手で目の上に庇を作りつつ、当麻は部屋を見回した。

 明るい光の中に佇むのは、同じように眩しそうに目を眇める島崎、須藤、古賀、そして当麻の四人だけだ。窓の横に確かに見えた人影は、煙のように消え失せていた。


「当麻先生、今のは……」


 須藤の声は途中で掠れて消える。誰も彼の言葉の続きを促すことも、代わりに答えることもできなかった。だが、先ほどの人影が誰だったのか、その場にいる全員が内心で分かっていた。


「……」


 誰ともなく、中央のテーブルにあるウィジャ・ボードを見下ろす。

 ボードの下の方、『GOOD BYE』の文字の上に、赤黒い線が走っていた。

 それはまるで、血に濡れた指でなぞった跡に見えた――。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る