(14)


 当麻の頼みで、三人は当麻の部屋に引き返す。その間、当麻は鈍色の燭台に用意していた蝋燭を刺し、火を灯した。

 電灯を消せば、明かりに慣れていた目は暗闇に囚われる。

 ふと、当麻は暗闇に沈む部屋の隅を見つめた。窓を塞ぐビロードの布が波打ったように見えたのは、蝋燭の火が揺らいだせいか、それとも――。


「……準備はできたようだね」


 当麻が呟くと同時に、島崎達が椅子を抱えて戻ってくる。

 小さな蝋燭の火だけが灯る闇に覆われた部屋は、まるで深淵を覗いたかのような、日常からかけ離れた異空間となっていた。

 思わず無言で立ち竦む彼らを、当麻は静かに手招く。


「さあ、交霊会を始めようか」


 三人には見えていないだろう。薄闇に隠れた当麻の顔は、これから起こることを期待するように綻んでいた。



  ***



 丸いテーブルの周りに、椅子を等間隔に四つ置く。時計回りに当麻、島崎、須藤、古賀の順で座った。

 交霊会の進行役は、もちろん当麻だ。布で塞いだ窓を背にした当麻は、ウィジャ・ボードを己の正面に向けた。


「それでは、これより支倉清一氏の霊を呼び出したいと思います」


 厳かな口調で当麻が宣言すると、場の空気が一気に変わった。

 笑顔を消した当麻に、いつもの柔らかで砕けた雰囲気はどこにもない。蝋燭の光は濃い陰影を作り、当麻の顔の彫りの深さをより際立たせた。火が揺らぐ度に影は歪に形を変え、一瞬で当麻を別人のように見せる。

 いつも明るい雰囲気の当麻のただならぬ雰囲気に、学生達は気を呑まれた。

 固唾を飲んだ彼らが当麻を見つめる中、淡々と交霊会は進む。


「本来であれば、呼び出す故人……失礼、生死不明の支倉清一氏が大切にしていたゆかりの品を用意しますが、今回は彼の大切な友人達を、魂の寄るとすることにしましょう。よろしいですか?」


 当麻は確認するように、テーブルを囲む三人を一人ずつ、ゆっくりと見つめる。視線を受けた彼らは、強張った表情で当麻を見るか、あるいは目線を逸らしつつ頷いた。

 当麻は視線をテーブルへと戻し、プランシェットをボードの上に置いた。橙色の小さな火がボードの盤面を仄かに照らし出す。


「では皆様、プランシェットの上に右手の指を置いて下さい。指先を軽く乗せて、決して故意に動かすことはなさらぬようお願いします」


 当麻が最初に右手の指先を置く。人差し指と中指、薬指の先端だけを軽く乗せるように置くと、三人も恐る恐るそれに倣った。

 四人の手がプランシェットに乗ったところで、皆に語り掛ける。


「それでは、心の中で彼に強く呼び掛けて下さい。彼の魂が我らの元に辿り着けるよう、強く念じて下さい。……支倉清一、どうか我らの声に応えたまえ。我らの前に現れたまえ」


 一通りの口上を述べて、当麻は口を閉じた。

 当麻の左側にいる島崎は、眼鏡の奥の目をぎゅっと閉じて祈り始める。正面の須藤は緊張と恐れの混じった固い表情でボードを見つめる。右側にいる古賀もまた、似たような表情でボードを見つめていた。

 不自然な沈黙のせいか、扉も窓も閉じられた密室のせいか。張り詰めた空気が室内を満たしていく。

 明かりはテーブルの上の蝋燭だけで、部屋の四方は闇に塗り潰されている。小さな火は頼りなく、揺れる度に光が弱くなっていき、背後の闇がじりじりと迫ってくるような気分になった。

 暗く重い静寂の中、次第に視界以外の感覚が鋭くなっていく。互いの息遣いがいやにはっきりと聞こえて、皆が緊張している様子が伝わってくる。プランシェットに乗せた指先が、隣り合う者のそれに当たったのだろうか。驚きで誰かが身を竦める気配も感じ取れた。

 それから数度、間をおいて当麻は清一の霊に同じように呼びかけるも、盤面のプランシェットは動く気配は無い。


「は……支倉君……」


 島崎もか細い声で呼びかけ、須藤も「支倉」と名を口にする。古賀はいまだに幽霊を信じられないのか、眉間に皺をよせ、固く口を閉ざしたままだった。

 時計がない暗い部屋では、時間の経過が分からない。厚いビロードで覆われた窓からは光も入らず、日が沈んだかどうかも知れない。

 霊の訪れを待つ時間は、とても長く感じられた。

 プランシェットに伸ばした腕に徐々に疲れが溜まってくる。いっそ手を放してしまいたいくらいなのに、放せば何か起こるのではないかという不安のせいで、誰も放すことはできない。

 期待と焦燥、落胆と恐怖――。

 様々な感情が闇の中で、己の中で渦巻き、膨れていく。

 やがて、諦めの色が皆の顔に浮かび始めた時であった。


「っ……」

「うわ……!」


 プランシェットが、ゆっくりと動き出した。

 皆が息を呑み、プランシェットを見つめる。指先を乗せただけのプランシェットは、確かな意思を持つように、ボードの上を滑り始めた。

 誰も故意に動かしてはいないようで、驚いた顔で盤面を見つめている。

 当麻は宙に向かって声を掛けた。


「支倉君、君かい? ここに来ているのなら、どうか答えてくれたまえ」


 当麻の問いかけに、プランシェットは盤面をすうっと斜めに横切る。三角の先端が示したのは『YES』だった。誰かがごくりと固唾を飲む。


「っ、わ……悪ふざけはよしてくれ。一体誰が動かして……」


 古賀が慄きつつも全員の顔を探るように見るが、その間にもプランシェットは動いている。当麻は再び尋ねた。


「支倉君。今、僕らに答えてくれているということは、君は死んでいるのか?」


 プランシェットは小さな円を描くように動き、再び『YES』を指す。そんな、と絶望の声が島崎の口から吐息と共に零れた。


「どうして……」


 それを問い掛けと受け取ったのか。

 プランシェットは勝手に動き出し、今度はアルファベットが並ぶ中央付近へと動く。そうして一文字ずつ示していった。


「M……U、かな? ……R……」


 当麻が示されたアルファベットを口に出していく。やがてプランシェットは六文字目でぴたりと動きを止めた。


 導かれたのは、一つの単語。

『M・U・R・D・E・R』――『殺人』だ。




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