(13)
***
交霊会は当麻の部屋ではなく、物置となっている隣の部屋で行われることになった。
「もしポルタアガイストが起こったら、部屋の片付けが大変だから」と当麻は言い、学生達に丸いティーテーブルや必要な器具を運んでもらう。
須藤はテーブルを運びながら尋ねる。
「先生、このテーブルは何に使うのですか?」
「テーブルは霊との交信に使う、最も簡便な装置だ。テーブル・ターニングを知っているかい? 日本では
テーブルを部屋の中央に置くよう指示しながら、当麻は黒い布を抱えて、二つある窓の一つへと向かう。厚いビロードの布を、窓の上方の木枠に釘で打ち付けて垂らし、外からの光を遮断するためだ。
「このテーブル・ターニングが、交霊会の始まりと言ってもいい。もっとも、テーブル・ターニングでの交信は、テーブルが動き回ることで霊の存在は示されるが、霊との会話……意思の疎通は難しい。霊と会話をして正確な交信をするようになったのは、ハイズヴィル事件以降だ。さっき話した、フォックス一家が考えた霊との交信のための合図を覚えているかい? 古賀君」
「え? あ……はい。確か、一回叩いたらイエスで、二回がノーです」
「その通り」
当麻は布を固定する釘を金槌で打ち付ける最中、『トン』『トントン』と音の間隔を変えて鳴らしてみせる。
「だが、『はい』と『いいえ』だけで交信することも手間が掛かる。霊の名前一つ聞き出すにも、アルファベットを何度も発音して、そのうちの一つを霊に選んでもらって音で示してもらう、という具合だ。しかも霊が鳴らす音、これをラップ音というのだけれど、ラップ音を聞き取れなかったり、別の音がしたりしたら、正確な交信はできなくなる。時間が掛かりすぎると、交信する人の集中も切れてしまうしね」
一つ目の窓を布で塞ぎ終わると、室内はぐっと薄暗くなった。部屋の電灯を付けるよう指示し、当麻はもう一つの窓へと向かう。
「その後、フォックス一家の古い友人のアイザックが、新しい交信方法を考えた。アルファベットを書いた紙を用意し、質問した後に文字を一つずつ指で示して、正しい文字を指したときに音を立てるよう霊に頼んだんだ。この方法は成功し、イエス・ノーの簡単なやり取りではなく、しっかりとしたメッセージを霊が伝えられるようになった」
当麻の台詞の間にも、トン、トン、と釘を打つ音が室内に響く。
「とはいえ、アイザックの方法でもやはり時間と手間が掛かる。人々はもっと正確な霊との交信を試みた。最初はフォックス一家のイエス・ノー方式や、アイザックが考案した改良法が使われていたが、さらに手順を早める方法が開発された。
アルファベットを一文字ずつ書いた紙を用意して並べ、伏せたグラスの上に参加者が指先を乗せて、死者に呼びかけて質問する。すると、目に見えない霊の力でグラスが動き、文字から文字へと移動して答えが綴られる、という方法だ。テーブルを動かせるのだから、グラスもまた動かせるはずという考えによるものだね。この新しい方式はすぐに広まって、交信のための道具も開発された。それが……」
当麻は肩越しに振り向き、金槌の柄の方で島崎を示す。
「島崎君。君が持っているウィジャ・ボードだ」
「これですか?」
「そう。それをテーブルの中央に置いてくれるかい」
「は、はい」
島崎が、抱えている大きな板をテーブルに置いた。
それは、当麻の部屋の本棚に並べてあった物の一つだ。まな板ほどの大きさの長方形の盤に、アルファベットや数字、太陽や月、不気味な骸骨などの絵が印刷されている。盤の中央にはアルファベット二十六文字が二列に並び、その下列に零から九までのアラビア数字が並ぶ。盤の左上と右上にはそれぞれ『YES』『NO』、そして盤の一番下の中央に『GOOD BYE』の単語が書かれていた。
「ウィジャ・ボードの名前の由来は、『yes』を意味するフランス語の『oui(ウィ)』とドイツ語の『ja(ヤー)』の組み合わせだと言われている。このボードの上に、プランシェットを乗せる」
ウィジャ・ボードの上には、掌ほどの大きさの三角形の木片があった。これがプランシェットである。
「交霊会の参加者は、プランシェットの上に指先を置いて霊に質問をする。すると、プランシェットが動いて文字を示す、という仕組みさ。もっとも、ウィジャ・ボード自体の起源は古くて、古代ギリシャの時代まで遡れるという説もある。
さらに、ウィジャ・ボードの指示器として使われているプランシェットは、のちに単体で使われるようになった。鉛筆やペンを取り付けて三脚の脚輪を付け、ウィジャ・ボードではなく白い紙の上を走らせる。文字を示すのではなく、霊の言葉を直接紙に書くようになったんだ。ほら、棚にあったハート形の板、あれがそうだよ。プランシェットは日本でも明治の末の頃に発売されたが……まあ、プランシェットで書かれた文字を判読するのはけっこう難しいから、今回はウィジャ・ボードの方を使おうと思っている」
すらすらと説明しながら、二つ目の窓を塞ぎ終わる。
「そして、交霊会はできるだけ灯りを落とした状態で行われる。霊が光を嫌うからだ。真っ暗だとボードの文字が判明できないから、今回は蝋燭を一本置くとしよう」
床に金槌を置いた当麻が振り返ると、テーブルの周囲で手持ち無沙汰に三人が待っている。皆、不安そうな面持ちであった。
「これで準備は終わりだ。……ああ、そうだ、椅子を忘れていた。すまないが君達、僕の分も合わせて取ってきてくれるかな」
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