(12)
「有名なのは、ハイズヴィル事件だね。一八四八年、アメリカのニューヨーク州の寒村ハイズヴィルで起こった事件だ。ハイズヴィルの村の外れにある小さな家に引っ越してきたフォックス一家が、奇妙な現象に悩まされるようになった。何かを叩くような音や不気味な足音、家具を引きずるような音が聞こえたり、寝ている時に突然ベッドが揺り動かされたりね。家の床が太鼓の革のように振動することもあったそうだ。フォックス家の夫婦は原因を調べたがわからず、この奇妙な現象を『幽霊』のしわざだと考えざるを得なかった」
「幽霊……」
「三月下旬のある晩、フォックス家の幼い娘のケイトが、幽霊と交信してみようと考えた。彼女は闇に向かって呼び掛けて、『自分がすることを真似してみて』と手を三回叩いてみせた。すると壁の方から『トン、トン、トン』と不思議な音が三回聞こえたそうだ。さらに、母親が見えない何かに向かって『自分の子供の年齢を順に、音の数で示してくれ』と言ったところ、音は見事に子供の数と年齢を当ててみせた。しかも、その時すでに亡くなっていた、末の子の年齢まで当てたそうだよ。
こうして、幽霊との交信が成立した。やがて、フォックス家は『一回叩いたらイエス、二回叩いたらノー』という合図を作り出して、幽霊の名前や男性であること、その死因や遺体のありかまで聞き出したらしい。そう、彼は殺されて、地下に埋められている……とね」
「っ……」
学生達はそれぞれ息を呑み、表情を強張らせた。その様子を横目で見つつ、当麻は砂の落ちきった砂時計を作業台の隅に寄せた。
「日本でも、東京が江戸と呼ばれていた頃に似たような事例があったそうだ。ある村の娘を下働きに雇ったところ、茶碗や皿などの食器が飛んだり、火鉢がひっくり返ったり、空から石が降ってきたりと、奇妙な現象が起こるようになったらしい。まさに『騒がしい』『幽霊』だ。怪現象を起こすことで、幽霊は己の存在を知ってもらいたいようだね」
茶葉を蒸らし終わったポットから、カップに紅茶を注ぐ。
薄めの赤い水色であるが、香りは芳醇で果実のような爽やかな芳香が漂った。今日はリプトンのダージリンだ。
「さて……まずはお茶にしようか。今日の茶菓子は風船堂のシードケーキだよ。残念ながら手作りじゃないけれど、よかったらどうぞ」
古賀は紅茶を気に入ったようだ。表情は特に変わらなかったが、「おいしいです」と言う声は社交辞令ではないように思えた。
お代わりを求められたのが嬉しく、当麻は追加の湯を沸かしつつ喜色を隠さない。島崎が「この間のお茶とは味が違うような気がします」と言ったことも、紅茶の味の違いを分かってくれて喜ばしいことだ。須藤は相変わらず珍妙な表情で、しかし出されたものには文句を言わず、律義に残さず飲んでいる。
砂糖とバター、キャラウェイシードがたっぷり入った香りのよいシードケーキは、すでに残り二切れになっていた。古賀が二杯目の紅茶を飲み切ったところで、当麻は尋ねる。
「古賀君はどうして今日ここに来たんだい? 君も奇妙な現象に遭ったのかな」
「ああ、いえ、僕は……」
古賀は言葉を濁らせ、隣にいる島崎を横目で伺いつつ口を開く。
「島崎君から、当麻先生が清一のことを調べていると聞いて、彼に頼んで連れてきてもらいました。僕も清一が心配で、何か分かればと思って……」
「そうか。そういえば、支倉君はまだ見つからないのかい?」
「はい。昨日、支倉のおじさん……清一のお父上に聞いてみたのですが、まだ家にも戻らず、警察の捜索も進展はないようです」
表情を曇らせて俯く古賀に、当麻は「なるほど」と顎に手を当てた。
「……実は今日、試してみたいことがあるんだ。須藤君たちを呼んだのはそのためだ」
「試す?」
「交霊会を開こうと思う。支倉君の幽霊と交信するんだ」
「……」
さらりと宣言した当麻に、三人ともしばらく呆気に取られていたが、やがて古賀が眉根を寄せる。
「何を馬鹿げたことを言っているんですか、先生。こんな時にふざけるなんて……」
「僕は、僕が見たものが本当に支倉君の幽霊なのかどうか確かめたいんだ。ポルタアガイストを起こし、僕や島崎君達の前に現れたものの正体を知りたい。そうして確かめたうえで、事実と認められた現象についてさらに調べていく。盲目的に幽霊だと信じるのではなく、疑って事実を確認していくのが
「……」
当麻が毅然たる態度で言うと、古賀は怯んだ様子で俯いた。実際に清一の幽霊らしきものを目撃した島崎と須藤も、ただ不安げに当麻を見るしかない。
当麻は表情を和らげて、三人を見回した。
「交霊会で何も起こらなければ、その方がいい。これはいわば、支倉君が今現在、霊魂の存在になっているのか……確実ではないが、彼の生死の確認にもなるかもしれないんだ。だから三人とも、良かったら協力してくれるかい?」
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