(8)
そうしてしばらく紅茶とショートブレッドを楽しんだ。腹が膨れて気が落ち着いたのか、時間が経って頭が冷えたのか、大柄でいかつい須藤が椅子の上で居住まいを正す。そして、当麻に向かって勢いよく頭を下げた。
「先生、先ほどは失礼なことを言い、申し訳ありませんでした!」
素直に謝罪する須藤に、当麻は鷹揚に頷いた。
「いや、僕も軽率な発言をしたと反省している。特に、君達のように支倉君を心配する友人の前で言うべきではなかったね。不安にさせて悪かった」
「えっ! 先生は、俺達と支倉のことを知っていたのですか?」
須藤が意外そうに瞬きする。
週に二度の講義でしか接する機会のない一講師である当麻が、学生の友人関係を知っていたのが不思議だったのだろう。しかし当麻は首を横に振った。
「いいや、知らないよ。だが、僕の部屋に来てまで抗議するとなれば、ただの同級生じゃあないだろう。自慢じゃないが、なぜか僕の部屋には誰も来たがらないものでね」
「は、はあ……」
「特に須藤君は、僕の『幽霊らしきものに会った』という発言よりも、その幽霊が『支倉君である』ことに対して怒っているように見えた。そう、『幽霊だなんて、まるで支倉が』と言った時には、随分気が昂っていたね」
台詞をそのまま繰り返してみせると、須藤はかっと頬を赤くして俯いた。
「須藤君が怒ったのは、僕が幽霊……支倉君の『死』を示唆するようなことを言ったからだろう。支倉君を心配していたからこその抗議だった。それは島崎君もだ。君はこの部屋に入る前から随分と緊張しているようだ。顔色が悪いし、頬にずっと力が入っていて、人形や壁の面が気になって怯えているように見える。あまり怪談や幽霊話は得意ではないようなのに、この部屋まで来て帰らないのは、君もやはり支倉君を気に掛けているからではないのかな?」
島崎は眼鏡の奥の目を瞬かせた後、おずおずと頷いた。
「君達が支倉君の身を案じるのは、何か理由があるからだね。支倉君にいったい何があったのか、聞かせてくれるかい?」
当麻の問いに、須藤と島崎は一度視線を交わした後、話し始めた。
当麻の推測通り、須藤も島崎も支倉清一の親しい友人だった。
須藤は同じ経済学部で親しくなり、島崎は文学部で学部こそ違うが、支倉とは高等学校からの付き合いらしい。
支倉清一は、生糸や絹織物の貿易を行う支倉商社の社長の長男だ。成績は優秀で、礼儀正しい品行方正な学生である。控えめで人の前に出ることはないが、誠実で穏やかな性格の彼は、同級生からも教授陣からも評判は良い。
また、清一はその整った容姿で、入学時にしばらく騒がれたこともある。肌が白く、繊細な造りの容貌に線の細い体つきで、女性と勘違いされることもあったようだ。上級生、同級生の中には、同性ながら彼に懸想した者もいるらしい。
しかしながら、それが原因で誰かと諍いを起こしたりすることもなく、人間関係に大きな問題は無かったという。彼の温厚で控えめな性格のおかげだろう。しかし、その割に親しい友人は少なかったらしく、須藤と島崎以外に仲が良かったのは、二つ年上の従兄くらいだそうだ。
そんな清一が、急に大学に来なくなったと須藤は言う。
「支倉はもう十日以上、大学に来ていないんです。他の同級生にも聞いてみましたが、誰も支倉を見かけていなくて、何か事情を聞いた者もいませんでした。心配になって支倉の家まで行きましたが、門前払いされてしまって」
「それで、古賀さん……その、支倉君の従兄で三年生の先輩なんですけれど、彼に聞いてみたら、家に戻っていないそうです。すでに警察に相談はしているようですが、行方が知れないままです」
須藤の言葉を引き継ぐように島崎が説明した。
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