(6)
どれにしようかと迷った挙句、当麻は思い切って青色のオールドローズのティーセットを選んだ。今日、お気に入りの彼らが活躍する機会を与えられるかもしれない。
次は茶葉だ。イギリスの友人に送ってもらったフォートナム&メイソンのアッサムやトワイニングのアールグレイも良いが、今日はリッジウェイのブレンドティー『H.M.B.』の気分だ。かの女王陛下御用達の、気品ある深い香りの紅茶である。
部屋の端に寄せていた、来客用の円形のテーブルを中央に移動させ、白いレースの縁取りがされたクロスを掛けた。ティーセットをその上に並べて、大皿には家から持ってきた菓子を載せた。
当麻がいそいそと準備をしていると、扉の向こうから足音が聞こえてくる。近づいてくることが容易にわかる、荒々しい足取りだ。
別にこちらは逃げないというのに――そもそも最上階のどん詰まりの部屋だから逃げようもない――せっかちなことだ。
のんびりと考える当麻の耳に、言い争うような声も聞こえてくる。どうやら来客は一人ではないらしい。
これはいよいよティーセットが初めての活躍の時を迎えるか。期待した当麻が乱れてもいないシャツの襟とタイをぴしりと直した時、扉が強く叩かれた。
「当麻先生、いらっしゃいますか?」
扉越しに聞こえるのは、怒鳴ってこそいないが怒りを多分に含んだ声だった。当麻は当惑することなく平然と、むしろ機嫌よく答える。
「どうぞ。鍵は開いているよ」
「失礼します」
勢いよく開いた扉の向こうに姿を見せたのは、いかにも生真面目そうな顔立ちの短髪の学生だった。
当麻より背は低いが、大柄でがっしりとした身体付きの青年だ。眉間に皺を寄せ、厳めしい顔つきをしていた。彼の後ろには、一回り小柄でひょろりとした体躯の学生がいる。眼鏡をかけた彼は、焦った様子で大柄な学生の腕を掴んで止めようとするが、簡単に振り払われてしまっていた。
大柄な学生の方が、廊下から聞こえてきた荒い音と同じ足取りで当麻に詰め寄ってくる。
「先生! 先ほどの発言は一体何ですか!?」
「ふむ、どの発言のことかな?」
「とぼけないで下さい! あんな非科学的な妄言を学生の前で言うなんて、それでも最高学府の講師ですか!?」
憤然と糾弾する彼を、眼鏡をかけた学生が弱々しくも懸命に止めようとする。
「すっ、須藤君、やめたまえ、先生に失礼――」
「島崎は黙っていてくれ! だいたい、幽霊だなんて、まるで、まるで支倉が、っ……!」
興奮した学生が言葉に詰まったところで、当麻はすかさず言葉を挟む。
「落ち着きたまえ、須藤君」
名前を呼ばれたことで、学生がはっと我に返ったように当麻を見る。その目をしっかりと見返して、当麻は淡々と告げた。
「僕は『幽霊らしきもの』を見たと言っただけだ。支倉君の幽霊だとは断言していないし、そもそも幽霊が実在する証明はまだされていない。ユングの精神遠隔操作の説も推論の領域だ。僕自身、心霊主義というわけではなく、霊魂の実在を信じているわけでない。決して妄言を吐いた覚えはないよ」
「っ……」
まともに当麻と目が合った彼は、当惑したように一歩下がった。先ほどの己の発言を振り返っているのか、目を不安に揺らがせている。
そんな彼に、当麻は安心させるように微笑んでみせる。
「とはいえ、皆を混乱させ、誤解させたのは申し訳なかった。質問、苦情、何でも受け付けると言ったのは僕だ。苦情を言ったことは気にすることはない。さて、まずはお茶にしようか。これも言ったはずだよ? 紅茶を用意して待っているとね」
そう言って、ティーセットの並ぶテーブルを嬉しそうに示した。
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