第25話 怒り

 祭りまで一週間を切ると、カルラはセブと共にアブレゴ家の地下ステージにこもるようになった。たくさん練習したいという想いと共に、本番に向けて精神を研ぎ澄ます意味もあるようだ。カルラは日を追うごとに鋭い空気をまとうようになり、マナカも話しかけるのを躊躇うことが増えていった。



「Déjame en paz!」



 本番三日前、撮影のためにマナカとジュンが地下ステージを訪ねると、一足先に来ていたはずのカルラが勢いよく扉から飛び出してきた。すれ違いざまにちらりと見えた目の縁が赤い。そばかすの目立つ頬も同じ色に染まっている。



 呆気にとられながら中に入ると、ステージ前のいつもの席にはこちらをぼんやりと見つめるセブがいた。



「どうしたの?」



 マナカの問いかけにセブは唇を軽く噛んでうつむく。



「仕方がないんだ。これは」

「カルラに何か言ったの」

「言ってない。言われて、断っただけ」



 ジュンと二人で顔を見合わせる。とりあえず話を聞こうとセブの両脇を陣取ると、彼は酷く嫌そうな顔をしたが、結局観念して口を開いた。



「一緒にセビージャに行こうって誘われたんだ。カルラの働いている店でギタリストの欠員が出たからって」



 マナカは、カルラの踊りに合わせてギターを演奏しているセブの顔を思い出した。こうして話している時よりも、市場ですれ違った時よりも、よほど活気に満ちた表情をしていたはずだ。悪くない提案だっただろうに、なぜ断ったのか。



「君はカルラがフラメンコを踊るのが嫌なんだろ」



 マナカが理由を測りかねていると、ジュンがぽつりと呟いた。その言葉に、セブは気まずそうにうなずく。



「踊っている時のカルラはすごく魅力的だ。でもちょっと……大人っぽすぎる。フラメンコは芸術だってわかってる。だけど『そういう目』で見る奴だって、どうしたっているに決まってる。それを間近で見続けるなんて、俺にはできない」



 カルラがセビージャの店で働くことも最初から反対してたんだ、とセブは付け加えた。「好きな子が他の男からジロジロ見られるなんて耐えられないだろ」



「それ、ちゃんとカルラに言ったの?」

「言えるもんか。だから余計拗れたんじゃないか」

「言いなよ」

「嫌だよ」

「なんで」

「こんな俺が告白したって、しょうがないだろ」



 セブの唇から自嘲気味な笑いが漏れる。



「学校にも行けないし、性格だってひねくれてる。特別顔がいいわけでもスタイルがいいわけでもない」

「でもギターが弾けるだろ」

「それだけだ」



 依然落ち込んだままのセブを見ていると、マナカはだんだん自分の胃の中がムカムカと熱くなるのを感じた。久しぶりに感じた『怒り』の感情が勢いよく喉元まで迫り上がってくる。



「じゃあ俺はどうなるんだ」



 じっとりと低い声を出したマナカに二人分の視線が突き刺さる。みっともないと思いながらも、マナカはこぼれる言葉をどうすることもできなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る