第23話 会話



「いただきます」



 配膳ロボットがそそくさと並べたサンドイッチとチュロスを前に、マナカは両手を合わせてつぶやいた。スペイン語には食前にする特定の挨拶は存在しない。無言で料理に手をつけるのはなんとなく違和感があって、マルティン家では心の中で、一人で食べる時はこうして手を合わせて『いただきます』をしている。祈りの回数や何気ない挨拶といった細かいことは、意外と習慣が抜けづらい。



 素早く写真を撮ってから、今後の予定を算段しつつサンドイッチとチュロスを代わる代わる口に運んだ。マナカは考えた末、昼にカルラの写真を撮った展望台へもう一度上ることに決める。もう少し景色の写真も撮りたかったのだ。



 会計を済ませて店を出ると、相変わらずの日差しが肌を焼いた。ソルブランコの道は狭く、MSWが設置されていないので、村の中での移動は全て徒歩だ。マナカは歩くことに対する抵抗は少ない方だが、それでも移動のことを考えるとあまりの運動量に眩暈がしてくる。



「あ」



 大通りから一本逸れて地元の人がよく利用する市場を覗いていると、買い物用のトートバッグを下げたセブが肉屋の会計列に並んでいるところだった。声をかけようか迷っているうちに、ふと振り返った彼と目が合ってしまう。



「¿Qué haces?(何してるの)」



 代金を払い終えたセブに覚えたてのスペイン語で尋ねてみる。ちょっとしたフレーズやよく使う単語は、カルラやジュンがことあるごとに教えてくれるのだ。いつも通り無視されるかと思いきや、セブはぶっきらぼうな表情を保ったまま「買い物です」と答えた。



「えっ、」



 さっさと歩みを進めるセブの隣に並んで、つんとすました横顔を見つめる。逃げる顔を強引に覗き込もうとすると、自然な発音で「しつこいですよ」と返ってきた。



「セブって日本語喋れたの?」



 しばしの沈黙が二人の間を流れる。やがてセブは大きくため息をついて肩をすくめた。



「カルラに日本語を教えたのは僕です」

「ええ? 日本人ってこと?」

「勉強しました。カルラが日本語を話したいと言ったから」



 マナカは目をしばたたいた。セブの日本語は発音や言葉選びがあまりにも自然で、後天的に身につけたものだとは到底思えなかったからだ。



「すごいね。そんなに上手なら最初からもっと俺と話してくれればいいのに」

「マナカがどんな人間か試してた」

「結果は?」

「可もなく不可もなく」



 外国人の少年の口から日本精神の真骨頂といった具合の語彙が飛びだし、思わず笑ってしまう。可もなく不可もなくだなんて、この灼熱の国に住む人々は絶対に口にしなさそうだ。



「マナカはどれくらいここにいる?」



 やや唐突な流れでセブが尋ねてくる。



「祭りの後一週間くらいまでかな。撮った写真の編集があるから」

「そう」



 相づちを打ったっきり、セブはそれ以上口を開かなかった。路地の分岐に差し掛かると、彼はマナカに別れの挨拶をして、自分の家方面に一人で歩いていってしまった。

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