第21話 眩しい
Son las 4 de la tarde. Cierra los ojos y ora por la paz mundial.(十六時です。目を閉じて世界の平和を祈りましょう)
スペインと日本の時差は八時間遅れだ。したがって、日本で正午に行われる祈りは、スペインでは午後四時に行われることになる。十二時間後は午前四時になってしまうので、この国では基本的に祈りは一日一回だ。スペインに来て日が浅いマナカは一日二回という祈りの習慣が崩れるのが嫌で、深夜〇時にも自主的に目を閉じて祈りを捧げている、というのが現状だった。
スペインはキリスト教の文化である。元々宗教が根付いていたせいだろうか、ソルブランコに住むほぼ全ての住人が、ウェイル・ボイスを失ってもなお、大人から子どもまで皆で揃って祈りを捧げている。現に今、マナカの賛辞にもカルラの抗議にも顔を上げなかったセブですら、ギターを脇に置いて目を閉じていた。初対面時は彼の振る舞いに苛立たされたマナカだったが、初めて同じ空間で祈りを捧げた時、セブに対する自分の認識が変化したのを確かに感じた。愛想だけいい、祈りの習慣を持たない日本の同級生より、生意気だが同じ習慣を持つ異国の少年の方に、マナカは親近感を覚えた。
ほんの数分の黙祷がマナカの視界を鮮やかに蘇らせる。自分は本当に生まれ変わっているのかもしれないと、マナカは祈りのたびに思う。
「私、セブともう少し練習するわ。マナカはどうする?」
「村の写真を撮ってくるよ」
白い壁が立ち並ぶソルブランコの街並みはどこもかしこも美しく、まだまだ写真に収め足りない場所ばかりだ。大勢の客で賑わう市場を、人間の温度を感じる飲食店を、路地裏を、道端の猫を、全て手中に収めていたいと思う。自分に収集癖らしきものがあることを、マナカは初めて知った。
階段を上り、セブの母親に礼を言って、アブレゴ家を後にする。半地下の玄関扉を抜けて、更にもう一つ階段を上ると、通りの石畳が強い陽光を反射してマナカの目を焼いた。
スペインは本当に眩しい国だ。心の繊細なひだに潜む影も憂いも、この強烈な光の前では全て消し飛ばされてしまう。湿った日本の空気で育ったマナカにとって、それは清々しいことでもあり、恐怖でもあった。光の強さゆえにいっとう色濃い建物の影から外を覗くたび、自分は吸血鬼で、あの光の元に指一本でも晒せば、灰になって跡形もなく崩れてしまうのではという妄想が頭をよぎるのだった。
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