第13話 愛想笑い
翌日、マナカとジュンは十一時にロンドンを発った。バルセロナを経由してマラガを目指し、そこからバスで二時間ほど揺られ、ソルブランコに着く頃には十八時を回っていた。強烈な太陽光を反射したソルブランコの白い壁は、予想よりも遥かに激しくマナカの網膜を焼いた。
「とりあえず村の入り口まで歩くぞ」
しぱしぱと瞬きを繰り返しながらジュンが言う。ソルブランコは切り立った山の斜面に位置する村で、最寄駅から村の入り口に向かう大通りにもなだらかな傾斜がついていた。車道を挟んで向かい側の歩道にはMSWが整備されていたが、ジュンはそちらには目もくれずに黙々と前進する。マナカもその後に大人しく続きながら、目の前の絶景に目を奪われていた。
『ソルブランコ』はスペイン語で『白い太陽』を意味するらしい。その名の通り、村の家々の壁は全て白く、まるでそれ自体が太陽であるかのように光り輝いていた。その奥にはむき出しの山肌がぐるりとそびえ立ち、見る者に自然の荒々しさを訴えかけてくる。ビル一つない田舎の風景はとても珍しく、日本やロンドンよりもずいぶんと温暖な気候も相まって、マナカは自分の胸の辺りがぼおっと熱を持つのを感じていた。
「Hola!(こんにちは)」
五分ほど坂を登って村の入り口に辿り着くと、恰幅のいい女性が声をかけてきた。ジュンは女性と一言二言目スペイン語で会話をすると、マナカに向き直って状況を説明した。
「依頼人のマリア・マルティンさん。よろしくって言ってる。家まで案内してくれるみたいだから、ちゃんとついてきて」
マナカが視線をやると、マリアはつぶらな瞳をきゅっと細めて親しげに微笑んだ。
「Gracias」
よろしく、という意味だろう。「グラーシアス」と答え、マナカは差し出された手を握り返した。よく日焼けした温かな手には、明るいピンクのネイルが施されていた。
事前に調べた通りソルブランコ内にはMSWがなく、階段状に続く歩道の両脇はすぐに民家になっていて、家の中からは楽しそうなおしゃべりの声が聞こえてくる。近所の人と玄関前で話し込んでいる人も多く、ごちゃごちゃと入り組んだ路地には明るい雰囲気が漂っていた。
マルティン家は村の奥の山肌に近い方にあり、辿り着くまでにマナカはかなりの量の坂を上ることになった。朝からの移動と合わせて足が限界を迎えそうになった頃、白い壁に緑の扉が可愛らしい家の前で、マリアはようやく足を止めた。
「Adelante!」
マリアが勢いよく扉を開けた。ジュンに続いて中に入ると、黄色っぽい電灯が白壁を照らす温かみのある玄関が現れた。足元には細長い葉が特徴的な樹木の鉢植えが置かれていて、両脇の壁にあしらわれた花を模したタイルが空間に華やかさを添えている。
「¿Esta planta en maceta es una aceituna?」
「Así es」
「Es hermoso」
ジュンとマリアは一言二言交わしながら正面の扉を目指してまっすぐ進んだ。靴を脱ぐ様子がないので、マナカもそのままついていく。木製の扉が開くと、まず目に飛び込んできたのは大きなテーブルだった。奥には暖炉が置かれていて、その隣の革張りのソファでは、一人の男性がタブレットをいじりながらくつろいでいた。
「Leo, éste es Jun」
マリアが呼びかけると、男性は立ち上がってジュンと握手を交わした。その視線がこちらに移ったので、マナカは慌ててぺこりと頭を下げる。男性のまっすぐな視線にたじろいでしまい、顔を上げた時にはすっかり自己紹介の仕方を忘れていた。
「Este es mi asistente Manaka」
マナカの苦笑いから察したのか、ジュンがすかさず助け舟を出してくれた。
「¿Es él un estudiante?」
「Sí. Soy un estudiante de secundaria」
「Lindo」
「Exacto」
雰囲気からジュンと男性が自分のことを話しているのだとわかる。しかしその意味までは捉えきれず、マナカはひたすら愛想笑いを浮かべることしかできなかった。
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