第5話

 無事、我が家についた。


 景色を堪能させてもらいながらの飛行だったので、時間が一瞬のように感じた。


 空を飛んでいる時間は、5分ぐらいだったんじゃないだろうか。


 夜の森と山を上から見ているだけだったから、今度は朝陽か夕陽の上がる時間に空を一緒に飛んでみたい。その場合、またお姫様抱っこしてもらうことになるわけだが……


「どうしたのエスト?顔赤いよ?」


「いや。ちょっと思い出しただけだから気にしないで。どうぞ、古い家だけど、入って」


「うん……ありがとう」


「あ、人族の家に入る時は、お邪魔しますって言うのがマナーなんだ。知らないと思うことは、今後も教えたほうがいいかな?」


「うん。知らなかった。教えてもらえると嬉しいな。お邪魔します」


 そう言って、彼女は翼をしまいながら、家に入ってきた。


 最近の家は、玄関で靴を脱ぐスタイルも流行っているが、僕の家は古いので靴はベッド以外は脱がない。なので、彼女にも土足で上がってもらう。


 僕の家は、両親が住んでたので、3部屋ある。キッチンや暖炉などもあるが、僕しか住んでいないし、今日のところは用事はないだろう。


「それじゃ、さっそく寝てもらいたいんだけど、その前にお風呂かな。服も身体も汚れてるよね」


 彼女の黒ローブは、戦闘で付いたと思われる、土や毛の汚れがあった。フリーデルには、お風呂に入ってもらってから、着替えてベッドに入ってもらおうと考えた。


しかし彼女は。


「ううん。これでいいかな?」


 と、白い魔力を手のひらから出して、彼女の身体に魔法を使ったかと思うと、彼女の全身とローブが少し光り、ローブから汚れが消え去り、新品のような状態になった。


「……何をしたんだ?突然綺麗になったけど」


「ローブと私の身体に、時間を巻き戻す魔法をかけて、汚れのない時間帯にしたの。だから、今の私は綺麗な状態だよ」


「時間って、魔法で操れるのか!?」


 ありえない。魔法で操れるのは、火・土・水・光・雷など、現実に起こりうる現象を再現できる程度のはず。


「うん。私、魔法でなんでもできるから。さっきいった、恒臓と、あとお父さんに鍛えてもらった魔法のおかげでね」


 なんでもありすぎるだろ……なんでもって、どこまでできるんだろうか。

あと、フリーデルの両親って何者なんだろう。


「もしかして、魔法も剣も、両親に鍛えてもらったのか?」


「うん。私が産まれてから育つまで、ずっと教えてもらってた。

そのあとは、一人で生きていけるでしょうって言って、どこかにいっちゃった。

今はたぶん、二人ともそれぞれの世界で忙しいんだと思う」


「天界と地界のことか?こちらから行き来はできないよな?」


 この世界は、真ん中の平界、上に天界、下に地界でできている。


 平界は我々人間種が主に住んでいる世界。


 だが、地界と天界に関しては、中の観測すら、平界からはできない。

 何かしらの魔法的な結界があるのか、中の状態が一切見えない。平界と同じ、球状の天体であることは間違いないのだが、分かる情報といえばそれだけなのである。

 こちらに情報があるとすれば、天使や悪魔の伝説が残っているだけなのだ。天使と悪魔がお互いの世界で争い、やがて両者は折れ、休戦したというだけの。


「えっと。もともと天使長と悪魔長だから、結界を貫通できるぐらい簡単だって言ってたよ。天使と悪魔は常に喧嘩ばかりだから、問題は山積みなんだって。だから、私は平界で、お母さんは天界、お父さんは地界でそれぞれ世界を救ってるの」


「なるほど。もう凄いとしか言えないが……」


 彼女と喋っていたら、常識がプレス機で潰されてしまう。頭がおかしくなりそうだ。


「とにかく、お風呂には入らなくていいと。じゃあベッドに案内するよ。ローブは脱いで大丈夫か?」


「うん。エストなら大丈夫だよね」


 ローブを脱ぐと、白いシャツと黒いスカートに白のニーソックスがあらわになり、白い肌と、ぼさぼさの長い銀髪がより見えた。

 今は翼をしまっているから、肌が白くて両眼の色が違うだけで、普通に可愛い女の子って感じだ。


 彼女の顔は、目鼻立ちのどれ一つをとっても美しい。綺麗な紅目、碧眼、そこに白い肌がより映える。そして性格通りの柔和な表情。世界的にもかなりの美少女と言っていい。

 もし、髪が金髪で手入れされ、両目が碧眼、翼が白くて肌も少し黄色がかっていれば、完璧な天使なのである。


「うーん。ローブだとわからなかったけど、普通の服を着てると可愛いな。服と髪と化粧を変えれば、化けるんじゃないか……?」


「可愛い?服はこれしかないんだけど……」


「ああ。可愛いよ。もし機会があれば、見た目を変えるのもやってあげたい。せっかく綺麗な銀髪なのに、髪長いのにぼさぼさだから……」


「戦いばかりしてきたから、見た目なんて今まで考えたことなかったよ。可愛いってエストに言ってもらえると、うれしいな」


 微笑みながら、少し顔を赤らめて彼女は言った。


「お、おう……」


 全部直球かつ素直に返してくるから、照れる。ふつう、会話をしていれば、何かしら少しでも尖った言い方をしたり、嘘だったり濁った感情を感じるのだが、彼女からは一切感じない。

 純粋だから、余計に言葉の威力がある。


「とりあえず、ベッドはこれ。こうやって身体を横にして、目を閉じて休むだけ。そしたら後は寝れるはず」


 実際に寝て見せて実演した後、ベッドから降りて彼女に譲る。


「こうかな……」


 彼女は僕のベッドに入り、目を閉じた。


「どう?寝れそう?」


「うーん。わかんない。エストも一緒に寝てみる?」


「い、いや。それはやめとく」


 それは恋人のやることだ。さすがに距離感が近すぎる。


「でも、エストが寝れなくなっちゃうよね?私も悪い気がするし……一人じゃ寂しいし……このままだと寝れないかも」


「うーん。僕は別の部屋もあるし、大丈夫なんだが。フリーデルが寂しくなくて寝られて、僕も暇じゃない方法……」


 ひとしきり考えた後、僕はひらめいた。


「そうだ。少し、君の頭に触れてもいいか?」


 彼女は首を縦に動かして頷いたので、僕は彼女の寝ているベッドに入って座り、彼女の頭を僕の膝の上に乗せた。

 そして、彼女の頭を、髪にだけ触れ、地肌には触れない程度に、優しく力を抜いて撫でる。


「膝枕って言うんだけど。気持ちいいか?」


「わぁ、きもちいい……」


 撫でるなり、彼女の目はとろんとし、全身の力が抜けたように見えた。

 彼女が寝るまで、ずっと撫でるつもりだ。


「なんか、エストに触れられてる所が、ほんのり暖かくて、優しい気持ちが伝わってくる……眠れそう……」


「眠れそうか。いつでも寝てくれていいぞ。おやすみなさい、フリーデル」


 撫でれば撫でるほど、彼女の目は閉じ、気持ちよさそうな表情に変わっていく。


「んん……おやすみなさい……エスト……」


 フリーデルは徐々にうっとりとしていき、やがて寝静まっていった。


「ほんとに、寝顔もかわいいな」


 撫でている髪も、少し触れる肌の感触もとても滑らかだ。手入れされていないのに、しっかり髪に艶はあるのだ。僕が撫でると気持ちよさそうにするし、無限に撫でられそうだ。


 しばらく後で、彼女が完全に寝たと思った頃に、彼女の頭をゆっくりと枕に下ろし、僕は自分の部屋で寝ることにした。

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エスト 世界最悪に嫌われた嫁を、世界最高の人気者にしてみた。 Aburis @Aburis

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